僕は目論んだ
「いい加減にして頂戴! こっちも暇じゃないの!」
――大勢の人が集まった会議室には、怒号が響いていた。
「中々大変そうだねぇ」
「ちょ、母さん……やめてくれぇ~」
その日僕達は許可を貰って、お祭りの会議の様子を端の座席で見学させてもらっていた。
いつもは隣の小会議室で準備をしていたけど、実際にこうして見るのは初めてだ。
隣に座った吉彦が、中央で弁を振るう母親を見つけて小声で悶えている。
「――――ですから、我々東町商店街と致しましては」
「あのさぁ、黙って聞いてりゃそっちに有利な条件ばかりじゃない!」
それにしても、さっきから会議は各店の場所決めについての話を繰り返していて、あんまり進んでいるようには見えなかった。
うーん。何か、僕達に出来ることはないかな?
「だいたいねぇ、こっちは三国会長にお願いされたから、仕方なく受けてやってんのよ!?」
「それについての話はもう終わったはずでは? 感情に任せて話すのはやめて頂きたい」
「ッ!!」
……そう思ってしばらく話を聞いていたけど、出来ることなんて思いつかなかった。
当たり前か。
僕達子供に解決できるようなことなら、とっくに何とかなっているはずだ。
さっきから吉彦のお母さんに対して冷淡に見えるほど冷静に返事をしているのは、スーパー「みくにや」の店長だ。
……あの人。さっき会議が始まる前、僕達の方をじっと見ていた。もしかして、吉彦が御手洗洋菓子店の息子だって知ってたのかな。
「そっちの近くで祭りをやるなら、西町に配慮するのが筋ってもんじゃないのかい!?」
「繰り返しになりますが、それは東町としては……」
それはともかく。どうやら、この二人が西町と東町それぞれの代表みたいな役割を担っているみたいだ。
…………あれ。
そういえば、「みくにや」って……?
ふと僕の頭の中に今の状況と隣にいる友達の存在、それにかつて妹から聞いたこと。そして一人の女の子のことがちらついた。
「ねぇ、吉彦」
「ん?」
「もしかしたら、何とかなるかもしれない」
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翌日の昼過ぎ、僕は吉彦と駅近くのファミレスに来ていた。
「……これ、こうやって使えばいいのか?」
「え? 来たことないの?」
「!? ば、ばっかお前! あるわ! 小学校の頃に家族で来たわ!」
「へ、へぇー。そうなんだ」
ドリンクバーにおっかなびっくりな様子の吉彦にさりげなくやり方を見せつつ取ってきたメロンソーダを持って、案内された店の奥の方のテーブル席に座る。
一口飲んだあと、僕は話を切り出した。
「それで、お母さんはなんて言ってた?」
対面に座った吉彦はグラスに入ったコーラをストローでずず、と啜った。
「……うめぇー、っぱ夏にはこれだわ。……あー、その話な。えっとな、正直もう時間的に話進めないと不味いけど、かと言って向こうの案に頷くだけってのも立場があるから出来ない……って感じらしいな。そこそこ切羽詰まってるみたいだった」
「……なるほど」
彼には、家でさりげなくお母さんから話を聞いてもらうように頼んでおいた。
「大変そうだよな。俺達には想像することしか出来ないけど」
吉彦の言う通り、状況はあんまりよくないのかもしれない。
もうお祭りまでそれほど日が無い。
僕の考えたこの作戦、まぁ作戦って言うほどの大したアイディアじゃないけど、それがうまくいかなかったら、もしかしたらお祭りの当日に影響が出て来るかもしれなかった。
「……それで、これからここに来る人は『みくにや』の子供なんだろ? どんな奴なんだ?」
今からここで『みくにや』の人と待ち合わせ、ということだけを伝えた吉彦から、そんなことを聞かれたけど。
「……うーん。会った方が早いかな。ちょっと遅れるって連絡が来てたから、もうすぐ来るはずなんだけど」
「ふーん。まぁ、なんか出来んならやるのは賛成だけどなぁ……」
僕と会話をしながら吉彦はテーブルに置いたスマホをスッスッと操作してソシャゲをやっていた。
ジュースも飲みつつ時々近くの窓から外を眺めていた彼は、少しすると外に何かを見つけてお、と声を上げた。
「あっち見てみろよ。ほら、あの子。ああいう黒髪の、清楚系ギャルっていうの? 遊んでそうだけど俺でも頑張ればなんとかなりそう、みたいな子。正直めちゃくちゃタイプだけど、実際はああいうのが一番やばいんだよな。オタク虐殺マシーンだぞ。同じクラスに居たら即行好きになって即行振られる奴。ちな、ソースは俺」
「ふーん?」
吉彦が熱弁するので、僕も振り返って窓ガラスの向こうを覗いてみる。
するとそこには確かに、肩ぐらいの長さの綺麗な黒髪で、膝上の短めのスカートに薄手のジャケットを合わせた、今時な女の子が店の入り口の方へ歩いているのが見えた。
「あ、もう着いたんだ。ほとんど遅刻してないんだけど、律義だね」
「……え? おい、まさかあの子が『みくにや』の!? うっそだろ!? 野郎じゃないのかよ!?」
動揺している様子の吉彦はさておき、店内に入って来た彼女は手を振る僕に気づくと、つかつかとヒールサンダルを鳴らしながらこちらに歩いてくる。
僕が奥に寄ると、軽く会釈して横に座った。ふわりと良い匂いがする。
あ、ドリンクバー1つ下さい、とやって来た店員さんに慣れた口調で返した彼女は僕の方を向くと、外見よりも幼い少しアンバランスな笑顔でにぱと笑った。
「こんにちはー。お兄さん」
「早希ちゃん、急に呼んでごめんね?」
「何言ってるんですか、良いに決まってるじゃないですかー。何かあったら言ってって私言いましたよね?」
お気に入りなのかいつも持っている高級そうな小さな黒いバッグを脇に置いた彼女は、こっちを向いたままこてんと軽く首を傾げた。
「そうだったね。ありがとう」
「だからお礼とか要らないですってー。……でも、呼んでもらって嬉しいな」
そう零した彼女から目を逸らして、僕は未だ呆然としていた吉彦を紹介する。
「で、こっちが御手洗洋菓子店の、御手洗吉彦。僕の友達だよ」
「……お、おう。どうも」
「こんにちは、初めまして。
――――三国早希って言いますー」
そう。
彼女の名前は三国早希。
商店街で今大人気のスーパー「みくにや」の一人娘にして、二つの商店街合同での夏祭りを企画した三国忠信の親族であり。
僕が振られた後輩、三国凪とは従妹に当たる。




