僕は気付いてもらえなかった
「制服を着るのも久しぶりだなぁ」
翌日の午後。
僕は自分の部屋で、クリーニングに出していた制服を久しぶりに手に取った。
まだ夏休みだけど、校則で学校には制服で行かなきゃいけない決まりなのだ。
「…………あれ?」
シャツに袖を通そうとして、違和感を感じる。
このシャツこんなに大きかったっけ?
「……あ」
部屋の姿見に映る自分を見て納得する。普段あんまり気にしないから気付かなかったな。
そういえば僕、痩せたんだった。
制服のズボンの方もウエストがゆるゆるになってしまっていたので、ベルトで無理矢理固定する。
うーん、まぁこんなもんかな。
着替え終えた僕は部屋を出て、足音を忍ばせながら玄関に向かった。
下駄箱からそっと靴を取り出す。
登校靴を履きながら、玄関のすぐ傍にあるリビングへと繋がる扉を見た。
「…………よし」
扉が開く気配がないことを確認して立ち上がり、そろりと玄関の鍵を開け、ノブに手を掛けた、その時。
「――待って! お兄ちゃん、学校行くの!?」
声と共にバン! とリビングの扉が開く音がした。
ノブを握ったまま振り向くと、部屋着のTシャツに短パン、流れるような黒髪を後ろで纏めてポニーテールにした千夏がそこに立っていた。
……ばれちゃったか。
彼女に気付かれないうちに出ようと思ってたんだけどな。
こちらを見る千夏は、動揺しているみたいだった。焦ったような表情を浮かべた彼女は、こっちにパタパタと近づいてくる。僕は出来るだけ穏やかに返事を返した。
「うん。お祭りのステージに出てくれる人を探そうと思って」
「……ッ! それ、どうしてもやらなきゃいけないことじゃないよね?」
「………まぁ、それはそうかもしれないけど」
「――だったら」
目と鼻の先まで近づいた彼女は、その細い両手を僕の胴に回した。
「行かなくて、良いじゃん。……私と一緒にいようよ」
そう言って、縋るように僕の胸に顔を埋める千夏。
「…………」
……後輩に振られて帰ってきた時。
あの時僕が、心配させ過ぎたんだ。妹の前で泣いたのなんて、何年振りだったか分からない。
「今日は別に、彼女と会う訳じゃないし。大丈夫だよ」
あの後輩には夏休みに学校に来る用事はないはずだ。
「……それ、嘘だもん。大丈夫じゃないよね。だって、あんなに落ち込んでたんだよ? 早希も心配してたよ。吹っ切れた振りをしてるけど、まだ気にしてるみたいって」
目の前のポニーテールがしゅんと項垂れる。
そっか、早希ちゃんもそんなことを。彼女にも心配かけちゃったな。
僕は彼女の小さな頭にそっと手を置いた。
「ありがとう、心配してくれて。でも、僕に出来ることはしておきたいんだ。やっぱり通ってる生徒が行った方がうまくいきやすいと思うし。分かってくれる?」
「…………」
黙ってしまった彼女の綺麗な髪を、僕も無言のままで撫で続けた。
しばらくそうしていると、彼女は僕の手の中でぼそりと言った。
「……………分かって、ないけど。……それがお兄ちゃんのやりたいことだって言うなら、応援する」
「ありがとう」
チリン。
僕が彼女にお礼を言った時、玄関の呼び鈴が鳴った。
「あ、多分僕が呼んだ人だ」
まだ時間まで少しあるはずだけど、意外とマメだな。そう思いながら僕は扉を開けようとしたんだけど――。
「…………」
ぎゅーっ、と。
千夏にも絶対呼び鈴が聞こえたはずなのに、彼女は無言で抱き着いたままで、離れる様子が無い。
……困った。
振りほどくことは出来なくもないけど、そうすると彼女はむくれてしまうだろうし。
千夏はさっき僕のことを応援すると言ってくれたから、こんな風にしているのも今だけだと思う。
どうしようかと思っていると、千夏の今にも泣き出しそうな瞳と目が合った。
……。
…………よし。
申し訳ないけど外にいる人にはちょっと待ってもらおう。
そう思って呼び鈴に反応しないでいると、
「――――おい冬二、いねぇのか? ……って、開いてんのか。ったく、不用心な……」
ガチャリと玄関の扉が開いた。
あ、そういえばさっき玄関の鍵開けてそのままだったんだった。
そこには僕と同じ制服を着た、線が細くて少し目つきの悪い、美少年という表現がぴったり合うような男がドアを開けた姿勢のまま、ピタリと固まっていた。
「あ、竜一。おはよう」
「…………あぁー。俺、ちっと外で待ってるわ」
僕が挨拶すると彼、沢村竜一は何故かこちらからサッと目を逸らしてバタンと扉を閉めた。
「? 何でドア閉めたんだろ? もうすぐ行くけど」
「ね、最後にも一回頭撫でて」
「あ、うん」
---
しばらく要求に従った結果満足気な顔をした千夏に見送られ、僕は竜一と学校までの道のりを歩いていた。
「メッセージ送ったの昨日なのに、来てくれてありがとう」
「いいぜ別にこんくらい、今日は助っ人の予定も無かったし。……つかよ、さっきのは一体何だ?」
「? さっきのって?」
何かあったっけと首を傾げていると、竜一は呆れたような目でこちらを見た。
「お前、何で妹に抱きつかれてんの? そして、何でそれを俺に見られて二人共離れる素振りも見せねぇの? 思わず気ぃ遣っちまっただろうが。俺が気ぃ遣うって、相当だぞ」
「? 兄妹だし、おかしなことじゃないと思うけど……」
特に千夏は昔から甘えたがりなところがあったし。
竜一は一人っ子だったと思うから、あんまりイメージ湧かないのかな。
「…………あぁ? 言われてみればおかしくねぇのか?」
案の定、竜一は分かったような分かってないような声で唸っていた。
「それで、今日の話だけど。ステージに出てくれそうな人たちを探そうと思ってるんだ」
「商店街の祭りのヤツだったか。去年までも出てたのか?」
「いや、去年までは結構年齢層高めな感じで、高校生以下はほとんどいなかったらしいよ。でも、その人たちが今年はもう厳しいらしくて」
「で、新しいことをやろうとしてるってわけか。リスキーだな。今までの客層にウケるとは限らなくなるぜ?」
「そうかも。でも、上手くいったら面白そうじゃない?」
「なるほどな。……まぁ実際、悪くない考えなんじゃねぇか。あの祭り、確か客層の若者率異常に低かったし。ダチが出るなら行くってやつもいるだろうから、そっちも多少は改善されるだろうな」
竜一は前にバイト先の店長が言っていたのと同じようなことを言った。
「詳しいんだね」
「この前、ちっとだけ親父から話聞いてな」
確か、竜一のお父さんは県議会議員だったかな。前に学校で誰かが話しているのを聞いたことがあった。
「まぁ、詳しくは知らねぇけど」
彼は制服のポケットに手を突っ込みながらどうでも良さそうに言った。
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そんなことを話しながら歩いていると、校門が見えてきた。
「とりあえず、演劇部に話してみようと思うんだけど」
「まぁ、どこでもいいけどよ」
ぶっきらぼうにそう言う竜一。
ポケットに手を突っ込んだまま、仏頂面でずんずんと歩く彼を横目で見る。
……竜一は自分は嫌われ者だ、とよく言うけど、実際はそんなことはない。
ただ話したことがないと、ちょっと近寄りがたい雰囲気があるのかもしれない。
実際、今までに何回か人とすれ違ってるけど、皆ちらちらとこちらを見つつも話しかけてくることはなかった。
そんな風に歩いていると、向こうから男子生徒の集団が歩いてくるのが見えた。
彼らは僕たちを見つけるとヘラヘラとした笑いを浮かべ、今日僕以外の生徒で初めて、竜一に話しかけた。
「おう、沢村。今日もどっかも部活の助っ人か? 野球部の方もまた助けてくれよぉ」
「桐山はいねぇのか? 宿題写させてくれってメッセ送っても既読つかねぇんだよ」
「あいつ、生意気じゃね? どうせ飯でも食ってんだろ」
ぎゃはははは、と彼らの笑う声で廊下が満ちた。
僕はこの人達、ちょっと苦手なんだよな。いつも会うたびにからかってくるから。
と。
彼らを見て苛立たし気に舌打ちしていた竜一は、途中から何かを思いついたようにニヤリと笑うと、僕の肩をバシバシと叩いた。
「なぁ、おい。あいつら宿題見せて欲しいんだとよ」
「今持ってきてないから、また今度ね」
だとよ、と竜一が集団に向かって言うと、彼らはそろって首を傾げた。
「隣のヤツ、誰だ?」
「他校じゃねぇの?」
仲間内で口々に何かを言っている彼らを見て、竜一がくく、と笑いを堪えながら言った。
「何言ってんだよ、ここにいるのが、お前らのお望みの桐山だよ」
「え? 竜一、何でそんな当たり前のこと言ってるの?」
何回か話したこともあるし、向こうも僕の顔くらいは当然知っているはずだ。
僕はその意図が分からず竜一に尋ねると、彼は愉快そうに顎で彼らの方をしゃくった。
僕がそっちを見ると、
「「「「「え…………???」」」」」
皆一様に、ポカンとした顔をしていた。
んん?
「はは! んじゃ、俺達は他のとこに用があるから」
竜一が彼らにすれ違いざまにそう言って、廊下の先へと歩いていく。
「ちょ、待ってって。……じゃ、また宿題はそのうち」
僕は彼らにそれだけ言って、慌てて竜一の後を追った。
彼らは最後まで訳が分からない、と言いたげな表情をしていたけど、一体なんだったんだろう?
更新が遅れてすみません。しばらく時間が取れそうなので、書いていきたいと思います。




