僕は学校に行くことにした
最初は、祭りに対するモチベーションなんて皆無に近かった。
ガキの監督も、会社を辞めて戻ってきた実家で腐っていた俺に親が押し付けただけの役目だった。
実際に準備が始まっても特にやる気は起きなかった。ガキ共の大半も連れてこられただけの奴らだと分かったから、適当にやって終わらせるつもりでいた。
だが、他とは様子が違う奴がいた。
桐山冬二。
大体のガキは見たことくらいはあったが、そいつのことは知らなかった。自己紹介の時から人好きのいい笑顔を浮かべてガキ共の心を掴んだ桐山は、すぐにこの集まりの中心的存在になっていた。
桐山は普段は御手洗吉彦と相良霞と一緒に活動しているようだったが、ある時、彼は御手洗と準備を進めていく中で喧嘩になった。
何が原因かは知らんが、最終的に御手洗が小会議室を飛び出していくに至っていた。
ガキ共の気を引いて喧嘩から注意を逸らしながら、俺はそれを当たり前だと思って見ていた。
傍からでも、二人の間に――もっと言えば桐山と他の参加者の間に――活動に対して温度差があるのは一目瞭然だったから。
別に誰が悪い訳でもないと思ったし、桐山のような奴にとっては、ここは生きにくい世の中だろうと、少しの同情まで覚えていた。
最年長の彼ら二人の仲違いが続けば、面倒なことになるだろう。流石に少し口出しすべきか。
そんなことを考えながら迎えた次の集まり。
二人はいつの間にか仲直りしていて、更に何故か多くのガキ共はやる気を出し始めた。
――――訳が分からなかった。
一方、分かることもあった。
自分と相手のことを想って考えて悩んで正面からぶつかって、そうやって関係を繋いでみせた桐山に対して、周りに合わせることを覚えたほうがいい、なんて考えなしに賢しらぶった説教を押し付けようとしていた俺は、クソだったってことだ。
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だからこれは、せめてもの贖罪だ。
俺が頭を下げたままでいると、ガキの頃から兄のように慕っていた勝さんの声が頭上から降ってくる。
「……もし仮にやるとして、誰が教えるんだ?」
「自分が監督している子供達の中に、パソコンに詳しい高校生がいます。彼に頼もうかと」
「……子供に会計をさせる気かい?」
「あくまで、作業のやり方を示してもらうだけです」
「それでもどうしたって、内容が目に入ることはあるだろう。子供に会計内容を見せるのは、余り好ましいことじゃないと思うがね」
「子供って言ったって、あいつらは立派な人間ですよ。自分なんかよりよっぽど。……そもそもこの提案自体、彼らから出たものです。多分彼らが一番、この祭りの成功を願っているんじゃないですかね」
「…………………その子達の、名前は?」
「――――桐山冬二と、御手洗吉彦です」
俺が御手洗の名前を言うと、勝さんは驚いた顔をして、会議室全体もざわりとどよめいた。まぁ、それはそうか。
御手洗洋菓子店。
西町商店街において、近年急速に力をつけてる店の一つだ。
子供の方を見ているとつい忘れそうになるが、斬新な商品と強気な展開を成功させた、西町商店街では今最も勢いのある店と言える。
息子が言ったこととは言え、そんな店の人間が放った意見はこの場では重みを伴うことになる。
「吉彦が、そんなことを……?」
代表者らしい気の強そうな印象の女性が、ハッと驚いたように口元を抑えるのが見えた。
余り似ていないが、彼女が御手洗吉彦の母親だろうか。
一方で、桐山の名前に対する反応は薄かった。まぁ、彼は商店街の外部からの参加という話だったし無理もないか。
と、俺が思っていたその時。
「へぇ……今、桐山冬二と言いましたか?」
御手洗母から議長を挟んで丁度反対側に向かい合うように座った、ぴっちりとしたスーツを着込んで穏やかな物腰をしながらも、どう見ても堅気には見えない眼光の鋭さを持った男が、俺に問いを投げかけた。
「は、はい。お知り合いですか?」
「…………なるほど。そういうことですか」
かろうじて平静を装いながら返事をすると、そいつはにこやかな微笑を浮かべたまま、俺の質問を無視し1人で勝手に何かに納得したように頷くと、考え込むようにふむと顎に手をやった。
俺は黙ってごくりと唾を飲み込む。
……無論、この男のことは知っている。
東町商店街の関係者で知らない者はいないだろう。
三国篤郎。
東町商店街の親分とも言える三国忠信の親族であり、スーパー『みくにや』を経営する、東町商店街の実質的仕切りである。
「……自分はそのアイディアに賛成です」
彼の一声で、ちらほら零れていた否定的な意見が一気に鳴りを潜める。
……店同士は対等という建前はあるが、実際は勿論そんな訳もない。力のある店、つまり人気店の発言力が大きくなる。余程の覚悟がなければ、周辺住民からの強い支持を得ている『みくにや』の代表である彼と対立しようという店は東町商店街にはいないだろう。
「ええ。うちも。是非行うのがよろしいかと」
御手洗母も、そう言いながら片手に持っていた扇子をパチンと閉じた。すると口を開きかけていた西町商店街の連中もピタリと動きを止めた。……その様子から、彼女の発言力も相当なものであることが分かる。
すると三国篤郎がその整った眉をぴくり、と上げた。
「おや、これは。気が合いますね」
「ええそうですね。……他の件についても、合うといいんですけど」
篤郎と御手洗母はお互い微笑んでいるが、その瞳の奥は全く笑っていない。
彼らはこちらの意見に賛成してくれているにも関わらず、俺の掌からぶわりと手汗が噴き出した。
……まったく、これは会議が長引くわけだよ。
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その後、隣の会議室から戻ってきた平岡さんから、僕や吉彦含めたお祭り関係者の若者、それと既にPCを使っている店からの人員を講師役としながら、会計をPCに移行する作業が行われることになったと知らされた。
もう二度とこんな面倒な仕事持ってくるなよ、といつもより二割増しで気怠そうな平岡さんが言っていたけど、この人はやっぱり頼りになるなぁ。
よし、次は何をしよう。
書類を見ながら準備の進行状況を確認していると、平岡さんと吉彦の会話が聞こえてくる。
机にだらりと突っ伏した平岡さんの肩を、背後に立った吉彦が揉んでいた。
「あー、そこそこ。おいちゃんもう疲れちゃったよ」
「お疲れ様です。会議ではどんな話をしてたんすか?」
「色々あったが……例えばあれだね、ステージの話。枠が余っちまっててな。去年まで出てた連中がもう年だとかで軒並みキャンセルらしくて。どうしようかって話」
「へぇ。大変すね」
「他人事みたいに言ってんなよ御手洗、お前が出てくれても良いんだぞ?」
「! うへぇ、絶対御免っすよ。他のとこで頑張るんで、勘弁してください」
「冗談だよ。……しっかし、どうしたもんかね」
どうやら、ステージに出てくれる人を探しているらしい。
……正直な話、アテはあった。
でもそこは、せめて夏休みが終わるまでは、行かないでおこうと思っていた場所だった。
だけど……多分もう大丈夫だから。
学校に行ってみよう。




