僕は大人に相談した
「絵得意な人こっち来て!」
「看板ってこんな感じ?」
「どっかマジック余ってないですかー!?」
僕達が小会議室に戻ると、室内は喧騒に包まれていた。
「いいね、活気づいてきた。……誰かさんのお陰で」
「誰のお陰って話でもないでしょ」
「フッ、ボクはそうは思わないけどね」
こっちを見て笑っている霞は一旦置いておくとして。
辺りでは小学生の高学年の子達や中学生が中心になって、何個かのグループに分かれて作業が進んでいた。
「お、戻ってきたか」
僕達に気づいた吉彦が話しかけて来る。彼はげっそりとした表情を浮かべていた。
「流石に疲れたわ……やっぱ俺にリーダーの真似は無理だ……相良、あと頼む」
「はっ、冗談。絶対にごめんだね」
「おーい皆! あとはこのお姉ちゃんが教えてくれるってさ!」
「人の話を聞いてたかい!?」
わー! と集まってきた子供達に霞はあっという間に連れ去られてしまった。
その様子を見ていた吉彦がふぅ、と近くの椅子に腰を下ろしつつ愉快そうに言う。
「あいつ、意外と押しに弱いよな」
「根が真面目な子だからね。ああなったらもう断われないよ」
彼に帰りに自販機で買ってきたコーラを渡しながら返事をする。それに、霞も何だかんだまんざらでもなさそうだった。彼女は絵や字も上手いし、先生役としても申し分ないはず。
サンキュ、と僕からコーラを受け取って一口飲んだ彼が、ぷはっと息を吐きだした。
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「……あとは、倉庫の資材の件ですが。これも全て使ってしまって大丈夫ですか?」
「おう。まぁもともと余ってる分だったから文句も出ねぇだろ」
僕と吉彦はこの場の監督者である平岡さんの机に来ていた。
子供の中では最年長の僕達と平岡さんは、こうやって話をする機会がこれまでにもたびたびあった。
とりあえず今話すべき用件はこれくらいかな。……ああ、一つ忘れてた。
「それと。――気を遣って頂き、ありがとうございました」
「…………いや。大したことはしてねぇよ」
前回吉彦が途中で帰ったこと、今回僕らが作業をせずに出て行ったこと。
どっちも大事になっていたら、今こんな風に皆が活気づくのは難しかったと思う。
僕と吉彦が頭を下げると、平岡さんは少し居心地悪そうに眼を逸らした。
「……大人になると、喧嘩するのも馬鹿らしくなっちまうからな。お前たちが少しだけ羨ましいよ」
「…………」
僕達より一回り年上のこの人には、今の僕達がどんな風に見えてるんだろうな。
そんなことを考えていると、隣に立っていた吉彦が平岡さんの手元を指さしながら言った。
「それ、パソコンとか使わないんすか?」
彼が言っているのは、平岡さんがいつもつけている帳面のことだろう。平岡さんはお祭りの会計係をしていると前に聞いたことがあった。
「……あー、便利らしいってのは聞いたことあるが、俺パソコンが全く分からなくてよ。店でも手で帳簿つけてるし」
「……絶対、やった方がいいっすよ、量的にも電卓だときついと思います。共有もしにくいですし」
「しかしなぁ……今更変えるって言うのもな……」
「……ちょっと待っててもらっていいすか」
平岡さんが渋っている様子を見て、吉彦は断りを入れると一旦自分の席に戻り、鞄を持って戻ってきた。
そして何をするのかと見ている僕達の前で、彼は鞄を開け中からノートパソコンを取り出す。
「え。何で持ってきてるの?」
「……暇かなって思って。別にそこはいいだろ今は。それより、ちょっとそのデータ見せてもらっていいすか?」
「あ、ああ。まぁ、これくらいなら……」
平岡さんが確認しつつレシートの束を渡すと、その間にソフトを立ち上げていた吉彦はカタカタと入力し始めた。どうやら、論より証拠ということらしい。
凄まじいタイピング速度のお陰もあって、あっという間にデータが整理されていく。
「ふぅ。だいたい、こんな感じっすね」
「……嘘だろ。もう計算終わったのか?」
「同じことをやるならもっと効率化出来るんで、さらに速度は上がると思います。家にPCあります?」
「……知り合いが持ってるから、借りることは出来ると思うが」
「良かったら、俺教えますよ」
吉彦がそう言い、僕も口を挟む。
「この会計って、平岡さんだけの仕事じゃないですよね? 他の方もパソコンは使わずに?」
「あ、ああ。前からこうやってやってるしな」
「だったら、全員にやり方を伝えた方が良いんじゃないかな? 吉彦は大丈夫?」
「俺は別に構わないぜ」
「勿論、僕も協力するよ。前に学校で使う機会があって、多少なら……」
「――――ちょ、ちょっと待ってくれ。流石にそこまで行くと、俺一人じゃ決められん。上に判断を仰がないと。……というか、こういうデータを子供に見せるのはどうなのか……」
そっか。そういう問題もあるのか。平岡さんはやっぱり大人で、僕達じゃ気付かないようなことも考えてくれている。
でも。
平岡さんは今までの準備の時間、ほとんどずっと会計の作業をしていた。恐らく相当大変な作業で、きっとこれからもかかりきりになるはずだ。それだと不味い。
皆がやる気を出し始めた今だからこそ、監督する人が必要なんだ。
「お祭りを成功させたいんです。お願いします」
そう言って僕達が再び頭を下げると、しばらくしてはぁ、とため息が聞こえた。
「……やめてくれ。まるで俺が悪者みてぇじゃねぇか」
顔を上げた僕達に、目の前の大人は呆れたように、観念したように言った。
「分かったよ、ちょっと今から話しに行ってみるわ」
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ガキ二人にそこで待ってろ、と言って小会議室を出る。
隣の会議室に向かいながら、思わずため息が零れた。
……ったく、なんで俺がこんなことを。
確かにPCを導入すれば、効率は上がるかもしれないが。
どうせ、俺が作業をしながら愚痴っていたのを聞いていたんだろう。くそっ、こんなことになるなら黙ってやってりゃよかった。
……そもそもの話。
会計のPC化なんて、あいつら子供が思いつくようなことを、これまで大人たちが思いついていない訳がない。
それでも今まで紙に記入していたのは十中八九、やり方を変えるのを面倒だと思ったからだろう。
……商店街の界隈は余りにも狭い。それ故この祭りでのいざこざは時として、祭の後にも尾を引きかねない。だから誰もわざわざ自分から面倒ごとを引き受けて、波風を立てようとするはずもない、か。
会議室の扉の前で耳を澄ませる。
中からは話し声が聞こえたが、それはどうにもまとまりのないもののように思えた。
……最近の会議が滞りがちであるというのは聞いていたが。
休憩を挟むまで待つつもりだったが、想像以上に会議が進行していない様子だったので、もういいかと会議室の扉を開ける。
「すみません、今、ちょっとお話いいですか?」
「! 三郎か。……そうだね、丁度少し休憩にしようかと思っていたところだ。……何か問題でもあったかい?」
議長役をこなす魚屋の勝さんに話しかけると、快く了承してくれた。
彼は俺を見て、少しほっとしたような表情を見せた。……議長も大変だな。
と、それより。
一応のまとめ役であるこの人と話をしていると、自然とこの部屋に集まった大人たち全員の前で話すことになってしまっていた。
……まぁ、別にいいか。どうせ伝わることだし。
「実は、会計作業の方にPCを導入しようかと思っていまして」
「ああ、それはいいかもね。来年度はそれも検討しようか」
「ええと、出来れば今年度からしたいんですけど」
「んん? ……今年からは、流石に急なんじゃないかい?」
否定的なニュアンスを感じたので、無理矢理押してみる。
「会計に割く労力を軽減できます。会計に回された人は、例年仕事を持ち帰っていました。PCを導入すれば、移行の手間を考慮しても、その負担を軽減出来るかと」
「負担を軽減か。……うーん、悪くないけど、頑張ってるのは皆同じだよ。それに、今までのやり方でも、十分やって来れてる訳だから――」
「――変えようとすることだけが正しい訳ではない……分かっています。それでも、過剰な負担が減れば士気も上がります。その労力を他の作業に回せるでしょう。自分はただ、この祭りをよりよいものにしたいだけです。……お願いします」
頭を下げる。
勝さん含め周囲の奴らは驚いているみたいだが、俺のこの軽い頭を下げるだけで済むなら、痛くも痒くもねぇのさ。
会議に参加していた親父も、端の方の席でぽかんとした顔をしているのが見えた。
そりゃそうだろう、俺だって驚いてるよ。自分がこんな熱血みたいな真似して。




