僕は皆と話をした
小会議室に戻った僕達は、小学校高学年の子供たちに話しかけていた。
「こんにちは」
「あ、こんにちは。…………」
彼らは15人くらいで集まって賑やかに話をしていたけど、僕達三人が挨拶すると、すっかり静かになってしまった。……うぅん。
皆で協力して、お祭りを成功させたい。
そう思って仲良くなろうと話しかけたんだけど。
確かに急に年上の人達に話しかけられても困ると思う。
……でも、ここでくじけてちゃだめだ。
彼らは数人ずつに分かれて折り紙をしていた。
……よし。
僕はそのうちの一つのグループの方に行って、中腰になって目線を合わせつつ話しかけた。
「……へぇ。けっこう難しいのやってるんだね、凄い」
「……そ、そうですかね」
「そうだよ、これなんて、すっごい複雑だし」
「いや、そんなことないですよ」
僕が言うと、小学生たちは否定しつつも嬉しそうに顔をほころばせた。……あ、そうだ。
「吉彦、こういうの上手いよね。何かある?」
話を振ると吉彦は困ったように眼鏡を押し上げながら、小学生たちの手元を覗き込んだ。
「え、俺? 何かって、そんな曖昧なこと言われてもな…………あ。ここは、こうすると更に良いかもしれない」
「……ぁ…………すげ……」
手先の器用な吉彦がお手本を見せてあげると、子供たちはキラキラと目を輝かせた。
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暫く一緒に作業をしたおかげで、少しは打ち解けてきたみたいだ。最初は僕達から話を振っていたけど、段々向こうからも話かけてくれるようになってきていた。
「へぇ、これ、看板に使うのか」
「はい! あ、あの、御手洗さんが作ったのも、使っていいですか!?」
「お、おお。そりゃ勿論、構わないけど」
「ありがとうございます!」
特に吉彦は折り紙を通じて一気に仲良くなったみたいで、すっかり小学生たちの人気者だ。
「ちょ、ちょっとあんた、何か話しかけなさいよ……」
「え、う、ウチ? ……よ、よし。……スー、ハー。……す、すみませんお姉さん! ここって、どうやってやるんですか……!?」
緊張で顔を真っ赤にした女の子から、霞が緊張した様子で話しかけてられているのが見えた。
彼らから見れば、彼女は綺麗だけどちょっと愛想に欠けているお姉さんだ。緊張するのも分かる。
「あ、ああ……それはだね……」
けど、霞にもぎこちなくも仲良くしようという意思が感じられて、見ていて微笑ましい。彼女の面倒見の良さが小学生たちにも段々伝わってきたのか、霞の周りには特に女の子達が集まっていた。
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僕も近くにいた子供たちと作業をしながら、ちょっとずつ話をしていた。
「……それで僕、本当にこのお祭り楽しみでさ」
僕が話していると、丁度隣に座っていた男の子がえぇ、と周りを軽く見渡した後に言った。
「こんな地域のお祭り、正直ダサくないっすか?」
彼が何気なく言ったその言葉に、ヒュッと息が詰まった。
――例え、それが自分より年下の子供たちであったとしても。
皆と違うことを言って、それを否定されるのは、底冷えするような悪寒が胸に走る。
顔に出さないようにしながら、なんとか返事を返す。
「……う、うーん。そうかな」
「そうっすよ。店もステージも古くさいし、だから来るのは自分より小っちゃい子供とその親、店の知り合いのジジババばっかり。親に言われなきゃ、こんなクソダサい祭りの準備に参加するのも、ダサくて本当は嫌なんすけど」
彼はペラペラとそれが当たり前のことのように話した。
……実際、その内容は一定以上の真実を含んでいると思う。
だから、他の小学生たちも彼を否定したり咎めたりしないし、声の聞こえる距離にいる平岡さんも、多分聞こえていても何も言わないんだ。
準備が始まってから今までずっとこの部屋にあった、『人に言われたからやってる』という、他人任せの雰囲気。
掌を握りしめる。
僕は、この空気を変えたいとずっと思っていたのに。
それでも、カラカラに乾いた口からは、何も言葉は出てこなかった。
男の子は何も言わない僕から興味を失くしたように目を逸らし、他の小学生たちと話し始めた。
賑やかな室内から、一人だけ切り離されたような孤独を感じる。
……やっぱり、僕には何も出来ないのかな。
「――――俺は、そうは思わないけどな」
その時、声がした。
その声はきっぱりと言い切る感じではなくて、むしろどちらかと言えば自信無さげに聞こえた。
けれどそれでも、彼は声を上げた。
「一番ダサいのは、適当にやって誤魔化そうとすることだろ」
小学生に囲まれていた吉彦は、天井を見上げた。
「何かを変える勇気もなく、情熱を馬鹿にして斜めに構える。皆がやらないから、皆と違うことをするのが怖いから……そんなことをしていても、腐っていくだけなのにな」
何かを悔いるような、強い感情の籠もった彼の独白。それは呟くような音量だったにも関わらず、いつの間にか周りは喋るのをやめていたから、多分小学生たち全員の耳に届いていた。
「吉彦……」
僕が名前を呼ぶと、彼は床まで視線を下ろし首を横に振った。
「……悪い、ちょっと抜ける」
立ち上がって出て行こうとする吉彦。
「ま、待ってください」
「!」
呼び止めたのは、小学生たちの内の一人だった。
「御手洗さんの、言う通りだと思います」
なぁ、とその子が周りに呼び掛けると、小学生たちは躊躇いがちに、それでもほとんどが頷いた。
「僕、誰かがそう言ってくれるのを待ってたのかもしれません」
「せっかくの夏休みだもん、やるなら、最高のお祭りにしたいです!」
僕も、私も! とにわかに盛り上がる。彼らのその勢いに、逆に吉彦は少しひるんだような表情を見せた。
「……うまくいくかは、分からないぜ」
「絶対成功させましょう! 御手洗さんと一緒ならできますよ!」
「俺と、なら?」
「はい!」
困惑と嬉しさが混じったような表情の吉彦の周りを、小学生たちが囲む。
その輪の後ろで僕と霞はこっそり顔を見合わせて笑った。
上手くいきそうでよかった。
……小学生たちは、良い意味で単純なんだと思う。
良いと感じたものを素直に良いと言え、すぐに行動を変えられる。彼らがもう少し大人だったら、どうしてもプライドなんかが邪魔をして、こんなに急には変わらなかったと思う。
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「や、どんな感じ?」
「あ、桐山さん」
未だに小学生たちに囲まれている吉彦を置いて、僕と霞は霞のクラスメイトらしい中学生三人組の席にやって来た。
ぺこ、と軽く会釈をしてくれたそのうちの二人は、僕の後ろに霞がいることに気づいて、やべ、という顔をした。……どうかしたのかな。
疑問が顔に出ていたのか、彼らは言葉を選ぶように言った。
「あ、いや。俺達は問題ないんですけど……」
そう言って視線をもう一人の中学生に向けたので、僕達もつられてそちらを見る。
かろうじて椅子に座ってはいるけど、放心状態でこの世の終わりのような顔をした子は……確か、健太君だったかな。
若干同情するように彼の方を見ていた二人が言う。
「こいつ、桐山さんと相良が付き合ってるって知ってから、ずっとこうなんすよ」
「「え?」」
彼のその予想外の言葉に、僕と霞は顔を見合わせた。
「誰と、誰が付き合ってるって?」
「え? いや、桐山さんと、相良が」
戸惑った様子でそう言われて、更に訳が分からなくなる。
「いや、別に付き合ってないけど」
「…………え、えええええええ!? 絶対付き合ってると思ってましたよ!? 名前呼び捨てだし、距離感も近すぎるでしょう!?」
「いや、だって、幼馴染だし……」
ねぇ、と隣の幼馴染に同意を求めて見ると――――彼女は何故か、顔を真っ赤にして俯いていた。
…………。
………………ふむ。
一瞬、どういうことかと思ったけど。
確かにそう思ってない人と付き合ってると誤解されるのはびっくりするし、その相手が親しければ親しいほど、謎の恥ずかしさがある気がする。
僕もこの前千夏と二人で歩いていたら、カップルと間違われてテレビ局にインタビューされそうになったことがあった。
あれは恥ずかしかったなぁ。何故か千夏は嬉しそうにしてたから良かったけど。千夏がテレビ好きでよかった。
……話が逸れている気がする。
とにかく、ここは一応年上の僕がなんとか誤解を解いておこう。
「手を繋いだりしている訳じゃないし、別におかしな距離感でもないと思うけど」
「いやいや。相良は学校では本当に全く笑わないし、そもそも人と話さないんですよ。氷の令嬢なんて呼ばれてるくらいです。声でさえ、たまに三年の先輩達と話す時に聴けるくらいで」
先輩達って、もしかして千夏と早希ちゃんのことかな。というか、この子の話を聞く限り、学校での霞はまるで別人みたいだ。
「そうなの?」
「…………さぁ、どうだろう」
ぷい、と霞はそっぽを向いた。これは、霞の友達0人説が出て来た。僕もあんまり人のこと言えないけど。
「じゃ、じゃあ話を戻しますけど、本当に付き合ってないんですね?」
こくり、と頷いた僕と霞を前に、二人はぽんぽん、と無気力を体現したような状態だった健太君の肩を叩いた。
「おい、聞こえただろ? 良かったな、いい加減元気出せって」
「…………サガラ、カレシ、イナイ? オレ、マダ、マエル?」
「舞える舞える」
「この大空に夢の翼、目一杯広げてこうぜ?」
二人が元気づけている最中に、僕は彼女に目配せした。
霞は躊躇していたけど、最終的には覚悟を決めたみたいだ。
一歩前に出ると、男子達の前でこほんと咳払いをする。
そして集まった三人の視線を浴びながら、霞は口を開いた。
「――――い、一緒に頑張ろう?」
どうやって接するか迷ったんだと思う。
結局短い言葉を、意外なくらい綺麗な声音と人見知りを発動した結果の恥じらうような表情でそう言った霞からは、いつものちょっとひねた感じが奇跡的に取り払われていた。
「ウ゛ッッ!」
「「け、健太ァァアアアアアア!!」」
とりあえず一歩前進、かな。
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中学生たちと別れた後、僕と霞は二人で倉庫から資材を運んでいた。
「……それにしても、さっきはびっくりしたね、まさか付き合ってると思われるなんて。千夏が聞いたらきっと大笑いするよ」
僕が言うと、段ボールを胸の前で抱えた霞はぽつりと呟いた。
「……いや、あの人の場合、割と洒落にならない気がする。これはここだけの話にしておいてくれないか?」
「? まぁ、いいけど」
僕がそう答えると、どうしてかほっとした様子の霞。……? 千夏は面白がるだけだと思うけどな。
「それにしたって、僕と霞がなんて……あり得ないのにね」
「…………」
霞と僕達兄妹は親同士の仲が良く、小さい頃からよく遊んでいた。
だから僕にとって霞は2人目の妹のようなものだし、自惚れじゃなければ多分、霞も兄のように思ってくれてるはずだ。
「そう言えば、霞は好きな人とかいないの?」
「……それは、どういう意味だい?」
「いや、特に意味はないけど。聞いたことなかったなと思って」
「……別に、君には関係ないだろう」
「いや、関係なくはないでしょ。もし霞が好きになった人がヤバい人だったら、僕、何が何でも止めるからね」
「……!……そうかい」
どうしてか少し機嫌が良くなった霞に、僕は丁度気になっていたことを聞いてみることにする。
「さっき、最初はお祭りの準備にやる気がなかったって言ってたけど、それじゃあ何で霞はやる気出してくれてたの?」
「……それは、君がいたからだよ」
「僕が?」
「ああ。君がやりたいことを手伝いたいと思うのは、変かな?」
「……や、変じゃないね。ありがとう」
「それに、これだけの人数がせっかく集まってるんだ、馬鹿らしいくらいに何かをやってみても、面白いと思わないかい?」
子供みたいにキラキラと目を輝かせた霞に、僕は頷いた。
――同じ気持ちだった。
僕にもお祭りを成功させる大した動機があるわけじゃない。
忠信さんから頼まれたというのはあるけど、それは言ってしまえば、僕がここまでする理由にはならない。
結局、僕達は面白そうだと思う方に動いてるだけだ。
でも、それで皆が楽しめるなら、それ以上のものはない気がした。




