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僕は仲直りをした

 御手洗君は、僕と目線を合わせずに窓の外を見ながら呟いていた。


「学校に居場所が無くて、休み時間に自分の机でひたすら寝た振りした経験は? 昼休み、階段の踊り場で一人で食べる飯の味はどうだ?」


 彼はそれだけ言うと口をつぐんだ。僕が黙っていると、一瞬どうしてか泣きそうな顔をした後、背を向けてこの場を去ろうとした。……ううん、躊躇ってる場合じゃないな。


「…………あれは、六月くらいだったかなぁ」


「…………?」


 突然話始めた僕に、彼の足が止まった。


「階段って、ただ通るときには気にしないんだけど、汚いんだよね実際は。埃だったり、汚れだったりがあって、座るのも嫌になるんだ。誰かと喋るときに座るのは全然気にならないのに」


「……ッ!?」


 驚いた様子で、彼がこちらを振り向く。


「あとは、僕のお弁当は母さんが作ってくれてるんだけど、一人でそうやって食べてると、なんだか申し訳なく感じることがあって。母さんがそんなことを言っていた訳じゃなくて、多分僕自身が思っているんだ、友達と食べるのが正しいんだって。……そんな固まった価値観、好きじゃないはずなのにね」


「……まさか、お前も、同じなのか」


 震えた声でそう尋ねてくる御手洗君に、僕は首を横に振る。


「ううん。違うよ。僕は君とは違う。……でも、同じじゃないからこそ、話すのが面白いし、共感した時に嬉しいんだと思うよ」


「…………だけど、俺は。お前に、酷いことを言った」


「僕が転びそうになった時のこと? 別に気にしてないよ。さっきも言ったけど、人によって大切なものは違うしね。それにあれは、僕の不注意でもあったから」


「許して、くれるのか?」


「だから、そもそも気にしてないって」


「……それじゃ、俺が納得できない」


 これ以上は、僕が何を言っても譲らなさそうだ。


「……うん。じゃあ、納得しなくていいよ」


「!」


「いつか、何かで借りを返して欲しい。これでどう?」


「………………分かった。いや、分かってないが」


「ははっ。本当に良いんだけどね。じゃあ、仲直りの握手といこうじゃないか」


 僕も人のこと言える方じゃ多分ないけど、それにしても彼は相当な頑固者だ。言いながら、僕が手をぐーぱーと開閉してアピールすると、御手洗君は躊躇いがちに手を伸ばした。


「握手する必要あるか? それとも、これが桐山流なのか?」


「こういうのは形が大事かなって。あ、冬二でいいよ」


「……じゃあこっちも、吉彦で」



---



「はぁ~~緊張したぁ~~」


「お前さ……」


 階段に腰を下ろして大きなため息を吐いた僕を、隣に腰掛けた吉彦が呆れたように見てくる。


「だって、あれだけ言って断られたら、僕今度こそ立ち直れないところだったよ」


「今度こそ?」


「あ、えっと、こっちの話」


 ちょっとだけ震えていた膝が隣の彼にばれないように位置を調整する。

 ……本当に、僕はあの告白から臆病になったんだと思う。

 それが衰退なのか進歩なのかは分からないけど。でも今は、吉彦との関係を修復出来たことを喜ぼう。


「……にしても、どうしてお前は俺に構うんだ?」


「えっと……実は僕、同い年の友達が少なくてさ」


 知り合いとかならそれなりにいるんだけど、本当に困ったときに相談出来るのは多分、同じ部活の竜一くらいだと思う。


「ああ、分かるわ。お前、大分変わってるもんな」

 

 随分はっきり言うなぁ。お互い本音を言い合ったせいか、吉彦は言葉に遠慮がなくなった気がする。

 でも、これくらいの方が僕も楽かもしれない。


「……あとは、霞の友達になってくれたら嬉しいなって。あの子、趣味が合う人と今まで中々会ってこなかったから」


「……お節介というか、なんつーかな。相良と仲良いのは分かるけど、そこまで気を遣わなくてもよくないか?」


「え、そうかなぁ?」


「――――ああ、今ばかりは彼に賛成だよ。君は少々、過保護が過ぎる」


 声がして見ると、階下に小会議室に残してきたはずの彼女がいてびっくりする。


「二人だと話がこじれるだろうから、ボクが必要かと思ったけど……余計な心配だったようだね」


「霞。もう活動始まってるんじゃないの?」


 腕時計を見ると、開始時刻を少し過ぎてる。


「ああ。教室を出る時、平岡にもう始まるから君達を探して来いと言われたよ。見つけるまでは戻って来なくていい、とも。……まぁ、つまりは合法的にサボる許可を得たわけだ」


 案外、あの人はボク達のことをよく見てるじゃないか、と言いつつ霞は僕の隣に座る。


 三人並んで階段に腰掛けながら、吉彦は持ってきていたのか輪ゴムで手遊びを始め、霞は髪の毛先を指でいじっていて、僕は何もせずに階下をぼんやりと眺めた。


「あいつ、やる気なさげなのにな。俺でさえ遅刻せずに来てるってのに。毎回遅れてきやがって」


「まぁ、他の仕事もあるのかもしれないけど……。あ。というか、なんで吉彦ってお祭りの準備、やる気ないの」


 僕にとってはずっと気になっていたことだったんだけど、吉彦は当たり前のことを聞かれた時みたいに、意外そうな顔をした。


「ん? 別に大した理由はないな。親に言われて、ほとんど強制参加みたいな感じだったからさ。商店街の子供は、皆そんなもんじゃないか?」


 霞の方を見ると、彼女も毛先をチェックしながら軽く肩を竦めた。


「まぁ、そうだね。……君は、この状況が不満なのかい?」


「うん。――なあなあで済ませようとするのは、つまらないからね。本気でやるから、楽しいんじゃないか」


 早希ちゃんに励まされて、吉彦と和解して、やりたいことが見えた気がした。


「……っ! なるほどな。それがお前か」


「これが僕だよ。……よし、」


 立ち上がった僕は、振り返って二人に両手を差し出す。


「じゃあ、行こうか。一緒に来てくれないかな?」


「いいよ、キミの頼みならね」


「何やるのか知らねぇけど。ま、付き合ってやるよ。暇だしな」


 霞は澄ました顔のまま何気なく、吉彦は頭を掻きながらいかにも億劫そうに。そう言って僕の手を取り、立ち上がる。

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