凡人から見た景色
俺、御手洗吉彦は公民館への道の途中にいた。
日が暮れても夏の蒸し暑さは衰えることなく、じんわりと汗ばんで肌にひっついたシャツが気持ち悪い。
歩きながら早速、外に出かけたことを後悔しかけたが、最近母親と喧嘩しているせいで家には居辛かった。
「はぁ……」
とは言え、祭りの準備も苦痛だ。一緒に準備してきた二人と喧嘩中だから。
桐山と相良。
俺が言い合いをしたのは桐山だけだが、相良は桐山の肩を持つだろうから、実際は二人と喧嘩してるようなもんだろう。
「何であんなこと言ったんだ、俺……」
思わずため息が零れる。
いつもこうだ。
俺は人とコミュニケーションを取るのが絶望的に下手で、すぐ余計なことを言ったりだとか、一時の感情で人にやたらきつく当たったりして、友達を失くしてきた。
今回もきっとそうなってしまうんだろう。
「せっかく、上手くやれそうだったのにな……」
……二人は、最初から俺に友好的に接してくれていた。
友達がいないことを心配した母親に半ば無理矢理参加させられることになって、俺は素っ気無い態度を取っていたはずだ。
だけど、二人はわざわざそんな俺に声を掛けてくれた。彼らは絶対言わないだろうけど、多分、俺が一人でいたからだと思う。……本当に、優しい奴らだ。上から目線の優しさはお断りだけど、そういう不快感を感じることもなかったし。
二人と話しながら作業するのは楽しくて、心地よかった。相良は趣味が割と似ていて話も合ったし、何より、桐山。
あいつは趣味こそ違っていても、こっちを尊重してくれて、俺を理解してくれているような気がした。話のウマも合ったから、俺達は案外、似た者同士なのかもしれない、とさえ思った。
――――そして、その時にふと気づいたんだ。
俺はこいつと比べて、何か勝っているところがあるだろうか、と。
「……」
桐山冬二。
背が高くて、シンプルに顔が良くて、この辺りで一番頭の良い高校に通ってて、見るからにスポーツも出来そうで、可愛い年下の友達が居て、人当たりが良くて、それでいてちゃんと自分の考えを持ってる。
一方の俺は背も顔も勉強も普通で、運動は出来ないし、話は面白くないし、友達はほとんどいない。
比べるのもおこがましかったかもしれない、それでも、集まりを重ね仲良くなればなるほど、俺の中の劣等感は増していった。
そして気付けば俺は桐山と、うまく話せなくなっていた。あいつの顔を見るだけで、自分が劣った存在なことを自覚させられる気がして。そして、そんなある日のことだ。
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あの日の俺は、作業を早めに切り上げてゲームをしていた。
他に大した趣味もない俺が、今一番力を入れているゲームだ。
特に今やっているゲーム内のイベントは、この夏休みのほとんどの時間を費やしてプレイしてきたもので、お陰でプレイヤーのランキングでもかなり上位に入れている。
そのイベントが丁度あと十分ほどで終わるため、今はまさにラストスパートと言ったところ。
スマホの充電もカツカツだが……一瞬だけ、この部屋のコンセントを借りておこう。よし、これでいける!
……っし、中々いいペースで来れている。あとはここで、これを使って――――
ぐい、と。
俺がかつてない高揚感と緊張感に包まれていたその瞬間、スマホが何かに引っ張られた。
取り落としそうになって、慌ててしっかりと持ち直す。すると今度は引っ張っていた力がなくなり、同時にゲーム画面が消えた。暗転した液晶には、充電不足のマークが表示されている。
呆然としてスマホから顔を上げると、充電コードを足に引っ掛けた桐山が目の前で膝を突いていた。
――今になって考えれば、俺がどれだけこのゲームに賭けていたかを彼に話したことはなかったから、察しろ、というのは無理な話だった。
それでも、その後の桐山の口振りからは、たかがゲームだろ、という意思をはっきりと感じて。
それがどうしようもなく、ショックだった。
結局、こいつ俺のことを分かってなんてくれていなかったんだ。
俺が唯一、人より上手くやれるゲームさえ否定された気がした。それも、自分と似ていると思っていた、尊重してくれていると思っていた桐山に。
頭の中でプツリと何かが切れた音がした。
それから何を言ったかはあんまり覚えていない。
こいつを煽れれば何でもいいと思って頭に思いついた言葉を並べた。
その後は桐山に言い返され、急激に気持ちが萎えた俺は逃げるようにその場を後にしたのだ。
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公民館に入ると、廊下で数人の子ども達から視線を感じた。それも、良くないタイプの。小学生や中学生達から好かれているあいつと喧嘩したからだろう。こんなところでも自分との人望の差を感じる。
そんな陰鬱な気持ちのまま、いつもよりもやけに重く感じる小会議室の扉を開けると、
「……来てくれたんだね」
「……あ」
いつもの席に座った桐山と相良が、こちらを見ていた。……正直、もう話しかけてくることはないと思っていたのに。
まだ心の準備が出来ていなかった俺は、どんな顔をしたらいいか分からず固まる。
すると、桐山は俺に何かを言おうとした相良を手で制し、今しがた俺の入って来た扉を指さした。
「……御手洗君。まだ時間あるし、ちょっと外出ない?」
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てっきり外とは公民館の外かと思ったが、違ったらしい。
桐山は小会議室を出て階段を上り、屋上の手前の踊り場で足を止めた。
「……よし。多分、ここなら誰も来ないんじゃないかな」
彼の後ろを歩いていた俺の方を振り返った桐山は、こほんと咳ばらいをして改まった。
……一体、何を言われるのか。
もし俺が桐山だったらこんな奴とは二度と話そうとは思わないくらいには、やらかしたと思うが。……まぁ、人から何かを言われて、傷つくことには慣れている。
俺がどんなことを言われてもいいように覚悟を固めていると、桐山はその整った顔を引き締めて、
「ごめん、この前は」
そう言って、頭を下げた。
「僕が悪かった。あの日は作業があんまり捗らなくて、ついイライラして君に当たってしまった。反省しています」
俯いているから顔は見えないけど、その声音からこいつが本気で言っているのが分かった。
「…………は、」
訳が分からなかった。
俺が悪かっただろどう考えても。それなのに何で、お前が謝るんだ。
思わず言葉が漏れる。
「…………ふざけんな。そこまで、出来た人間なのか」
違う、これじゃない。
俺も悪かったって謝って、仲直り。それでいいだろ。
普通はそうする。
分かってる。
……分かってる、けど。
「ゲームのことはもう、いい。あれは俺が悪かった。それより、今何で俺がキレてんのか、分かるか? ……分からないだろうな。お前みたいな奴には。何にも苦労なんてしたことなさそうだもんな」
俺の言葉に、桐山は困惑したような表情を見せた。
「……ゲームを中断させちゃったのが、悪かったんだろう? 君にとって、ゲームは大事なものだったんだよね? だから――」
「やめてくれ」
俺が人とうまくやれないのはもう分かってる。お前が、どうしようもなく良い奴で、すげぇ奴なのも。だけど、そんな俺のことまで分かったような口だけは、どうか利かないでくれ。どうしようもなくみじめな気分になるから。
「やるべきと分かっていてもそれが出来ない奴の気持ち、分かるか?」
「親に友達がいないことを心配されたことはあるか? イベントごとがある度に憂鬱になる奴がいることなら知ってるか?」
「学校に居場所が無くて、休み時間に自分の机でひたすら寝た振りした経験は? 昼休み、階段の踊り場で一人で食べる飯の味はどうだ?」
俺は誰かに自分を理解して欲しいと願いながら、それと同じくらい、誰にも理解して欲しくなかったんだ。




