僕は喧嘩をした
「――ねぇ、吉彦。あんた夏祭りの準備で友達出来たの?」
「……うるさいな」
「ッ!? うるさいとは何よ!? お母さんあんたを心配して言ってるのよ!?」
「何が心配だ! 余計なお世話なんだよ!」
「~~!! あっそう! じゃあお母さんもう知らないからね!? 勝手にすれば!?」
「ッ! ああ、勝手にするよ!」
ガチャッ! バタン!
「「…………はぁ……」」
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今日も今日とてお祭りの準備。
あれから何度か集まりはあったんだけど、僕と御手洗君との関係はなんだか少しぎくしゃくしていた。
「あ、相良、これも頼む」
「分かったよ」
「…………」
別に話をしない訳じゃないし、作業で必要なやり取りとかはするんだけど、何だか距離を感じるというか、素っ気無いというか。
なんでこうなってしまったのか分からなかった。あの日帰ってしまったのも、用事があったからだと言ってたし。
「っし、休憩~」
手元の作業を終えて、欠伸をしつつスマホを取り出す御手洗君。
…………。
僕はもう少し、作業を進めておこうかな。
確かあっちに余った材料があったような……。
と、歩き出したその時、
「うわっ!?」
「……っ!?」
部屋の後ろに向かって歩いていた僕の足元にガッ! と何かが引っ掛かった。転びかけて危うく机にぶつかりそうになったけど、なんとか踏みとどまる。……あ、危なかった。
床に膝を突きながら、何が引っかかったんだろうと思って見ると、
「……充電コード?」
スマホの充電コードだった。誰かが使ってたのかな。と、
「………………おい」
見上げるとそこには、充電の切れたスマホを持った御手洗君が立っていた。
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「……ゲームの途中だったのに、切れちまったんだけど?」
「ご、ごめん」
「……はぁ」
「……………」
ちょっとだけ、ムッとした。
確かに、足を引っ掛けたのは僕の不注意だけど、でも、君はゲームしてただけじゃないか。僕は君が勝手に休んでる間に、少しでも作業をしようと思ってたのに。そもそも、無断でここのコンセントを使って充電してるのも本当は良くないはずだ。
……とはいえ、ここでそんなことを言うべきじゃないよね。霞にもこの前、彼と仲良くしようと言ったばっかりだし。落ち着け、僕。
「……作業の続き、する?」
「! 誰のせいで充電切れたと思ってんだ?」
「…………だから、謝ったじゃん」
……自分がイライラし始めていることを自覚して、深呼吸する。
けど、御手洗君は口を止めるどころか、更に続けた。
「そもそもお前さ、前から何かアレじゃね? いい子ぶり過ぎだろ」
「っ! そっちこそ、なんなのかな。やる気ないなら最初からこんなところ、来なければ良かっただろ?」
「! こっちにも事情があるんだよ! お前には分かんないだろうけど!」
そう言って彼は机の上にあった自分の鞄を掴んで立ち上がった。
「……どこへ行くんだい?」
「帰る」
僕達のやりとりを終始黙って見ていた霞の問いかけに短くそう答えた御手洗君は、今日も今日とて遅刻してきた平岡さんの前を通り過ぎ、扉をガラリと開けて部屋から出て行った。
さっきまで賑やかだった小会議室は、いつの間にかしんと静まり返っていた。いつもうるさいくらいの小学生たちも、今はこちらを見てひそひそと話している。
「……じゃ、作業を続けようか、霞?」
「……君がそのつもりなら」
視界の端に肩を竦めた霞が映ったけど、作業に集中する。御手洗君が帰っちゃった分、僕達がやらないと。
その日は終了時間まで作業をしたけど、結局大して進まなかった。
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翌朝。
「おはよう! お兄ちゃん、朝だよ!」
自室で寝ていた僕の耳に、千夏の声が聞こえてくる。
「……んん、もうそんな時間か」
「最近は私より早く起きてたのに、珍しいね」
「……ちょっと、眠れなくて」
「そっか。じゃあ今日は走るのやめとく?」
「……うん、もうちょっと寝てようかな」
「了解、今日はバイトも何もなかったよね? ゆっくり寝てて」
千夏が部屋を出て、パタパタと階段を駆け下りていく音が聞こえる。多分、走りに行くんだろう。僕は再び目を閉じた。
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それから二時間くらいあと。
「行ってきます」
ジャージに着替えた僕は、やっぱり走ることにした。
家の中で考えごとをしているより、外に出て気持ちを入れ替えたくなったのだ。
玄関を出て、靴ひもを結びながら意識を切り替える。
「…………よし、行こう」
立ち上がった僕は走り出した。
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「…ハッ…ハッ…ハッ…ハッ………ふぅ……」
大分走った。
途中からはあんまり考えごとをしたりせずに、走れてきていた。
よし、少し休憩しようかな。
僕はちょっとペースを落として、息を整えていた。と、その時。
「――――えっ、うそ」
「…………?」
ふと、知り合いの声が聞こえた気がして顔を上げる。
けど、周りに僕の想像していた人の姿は見えない。
周囲にいるのは、買い物袋を持ったおばさん、多分部活に行く高校生達、それとジョギングしている人。
「………」
おばさんと高校生達は知り合いじゃなかった。残りのジョギングをしている人は、パーカーのフードを被っていて、僕の方からだとどんな人かはよく分からない。背丈的には聞こえた声の通りの人な気もするけど、でもちょっと服装とか雰囲気がイメージと違う。
……やっぱり、さっきの声は気のせいだったかな。と思っていると、
「あ、今日も元気ねぇ~」
「っ! …………」
僕と反対方向に歩いていたおばさんが、パーカーの人に声を掛けた。すると、その人はびくりと動揺したように足を緩める。そしておばさんに会釈して通り過ぎようとしたみたいだけど、
「でも、フードを被ったままなんて珍しいわね? 早希ちゃん暑がりじゃなかった?」
「っ!?!?」
名前を呼ばれた彼女はギギギ、と聞こえそうなほどぎこちなくこっちを見る。
「や、偶然だね」
僕が手を振ると、早希ちゃんはガックリと項垂れた。
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おばさんに挨拶し終えた彼女はこちらに向かってきて、フードを被ったまま軽く頭を下げた。
「おはようございまーす、お兄さん」
「……それ、暑くない?」
まだ午前中だけど、真夏の暑さは健在だ。おばさんにも言われてたけど、フードを被ったままだと、暑くて息苦しいと思うけど。
「全然暑くないですよー」
「……そう?」
「はい。……お兄さんは、ランニングー?」
そう言って話を変える早希ちゃんから、フードを脱ぐまいという強い意思を感じた気がしたので、これ以上は追及しないでおこう。
「あ、うん。いつもはもっと早めの時間なんだけど」
「……そういうことですかー。…………なんでよりにもよって、今会っちゃうかな。お兄さんいるなら、服も髪ももっとちゃんとして……」
フードを深く被り直し、パーカーの裾を引っ張りながら、小声で何かを呟く早希ちゃん。
「ん? ごめんよく聞こえなかったんだけど」
「何でもないでーす」
「そう?」
「はい」
「そっか……その下に履いてるの、中学のジャージ?」
「っ! そうですけど? 何かおかしいですかー!?」
キッと若干潤んでいる気がする目で見つめられて、僕は予想外の反応に慌てる。
「え、ええと。いや、全然変じゃないけど。でも、ちょっと意外かな。普段ジャージとか履くタイプじゃないと思ってたから」
「うぅ……。そんなの、会う時は頑張ってるからに決まってるじゃん……」
どんよりといじけた感じの声の早希ちゃんに更に焦る。
な、なんとか話を変えないと。
「さ、早希ちゃんもいつも朝走ってるの?」
「……え、あ、はい、だいたいこの時間によく。千夏と一緒に走ろうって話もあったけど、私、朝弱くてー……」
今もちょっと眠いですー、と言いながら軽く欠伸をする早希ちゃん。なんとか、気を逸らせたみたいだ。
「そうなんだ。……んん、」
せっかくだし一緒に走ろうか、と言いかけて口を閉じた。彼女には彼女のペースがあるだろうし……それに、友達の兄に誘われたら断れないかもしれない。
「もうバレちゃったし……、私と一緒に走りませんかー?」
なんて思ってたら、彼女の方から誘われた。
「! そ、そうだね」
「……?」
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軽めのペースで並んで走っていると、横から早希ちゃんが声を掛けてくる。
「勘違いだったらごめんなさい。お兄さん、最近何かあった?」
……前から思ってたけど、この子は本当に勘が鋭い。周りがよく見えてるんだろうな。
でも、僕の悩みはこの子に話すようなことじゃない気がするので、ここは誤魔化そう。
「え、いや、何もないよ?」
すると早希ちゃんは不満そうに頬を膨らませた。……こういうところは、年相応なのかな。
「むぅ。……じゃあ、お兄さんは言わなくていいですよー、私が当てるので。お兄さんの悩みはー、千夏絡み……じゃ、ないですね多分。バイトー……でもないか。じゃあ、お祭りの準備ー……お、当たり?」
「…………なんで分かるの?」
「気づいてませんか? お兄さんって、思ってることがすごく顔に出るんですよー」
「えぇ……」
衝撃の事実に動揺を隠せず、ぺたぺたと自分の顔を触ってみる。
そんな僕に構わず、彼女は悪戯っぽく笑って言った。
「さぁさぁ、観念して話してみて下さいよ。――私達、友達ですよねー?」
「! うぅ……」
その言い方、この前公民館で会った時の話の仕返しかな。それを今言うのは、ちょっとずるくない?




