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僕は妹の背中を押した

 席に戻ると、二人はそれぞれ手持無沙汰そうにスマホをいじっていた。……まぁ、2人ともすぐに仲良くなるような性格じゃないか。


「……ただいま」


 特に意味もなく、そんなことを言ってみる。と、


「……ん、おかえりなさい」


 普段よりもずっと優しい自然な声音が返ってきてびっくりする。


「!? 霞?」


「……え、どうかしたのかい?」


 霞は特に気にした様子もなくスマホから顔を上げて、その綺麗な瞳と目が合った。

 二秒くらい見つめ合った後、何故か霞が焦ったように目を逸らした。


「……っ! いや、今のに他意はなくて、ただうちの母親がいつも家で僕におかえりを言いなさいとうるさくてそれで、つい言ってしまっただけで……」


 霞は早口でそれだけ言うと、恥ずかしがるように顔を伏せた。……ちょっとさ、そういう反応をされると。こっちもだんだん恥ずかしくなってくるからさ。


 一旦落ち着こうと御手洗君の方を見る。彼はまだスマホを見ていたけど、少しするとゲームが一区切りついたのか顔を上げた。


「お、帰ってきたか。……たるいけど、そろそろ続きやるか。次、何する?」


 あ、そうだった。

 彼に言われて、僕も何をしに席を離れていたかを思い出す。


「一応、次は看板を作ろうと思ってる。出店する店の一覧貰って来たよ」


「! 仕事早いな……」


 御手洗君が驚いたようにそう言うと、やっと普段の調子を戻したらしい霞も頷く。

 

「流石、自分から手伝いに来ただけのことはあるね」


「!! マジかよ。せっかくの夏休みに、わざわざこんなとこに来るなんて正気か?」


「……御手洗君、ちょっと」


 ここに集まっている子供たちの中では最年長の僕達が、それを言うのはちょっと不味いんじゃないかな。けど、御手洗君はたいして気にした様子はなさそうだった。


「だいたいの奴が思ってることだろうし、別によくね?」

 

 周りをちらりと見ながら彼は言う。……確かにここにいる子供たちは、多分ほとんどが商店街の関係者の子どもだと思うし、親に言われて来ている子も多いのかもしれないけど。


「…………」


 僕が黙ってしまっていると、この微妙な空気を何とかしようと思ってくれたのか、それとも特に考えなしにか、霞が僕の持って来たプリントを片手で持って、もう片手を顎に当てながら、ふむ、と呟いた。


「……ところで、この御手洗洋菓子店。これ、君の家かい?」


 その言葉に、分かりやすく顔色を変える御手洗君。


「! きゅ、急に話飛びすぎだろ」


「そうかい? 元の話に戻っただけだよ。それで、ここの看板作るのはどうだい?」


「絶対嫌だ! 他ならどこでもいいから!」


「やれやれ、しょうがないね全く。ボクより年上とは思えないほど我儘だ」


 ……どっちだったとしても、今は霞に助けられた。内心少し感謝しつつ、口を開く。


「……じゃあ御手洗君、僕の行きつけのパン屋があるんだけど、そこはどうかな?」


「俺の家以外なら、構わないけど……」


「――ちょっと待ってくれボクが間違っていた、人には譲れないものがあるんだね。ここはその二軒以外ということにしようか」



---



 そんなこんなで今日も作業を進めて、平岡さんの声で活動が終わる。


「御手洗君、一緒に帰らない?」


「や、俺駅までだから」


「じゃあ、そこまででもさ」


「…………うす」


「はは、だから何で敬語」


 御手洗君を誘って三人で小会議室を出る。隣の会議室の扉はまだ閉まっていて、中からは話し声が聞こえる。……大人の方の会議はまだ終わってないみたいだ。


 廊下を歩いている僕達の脇を、小学生たちが駆けて行く。帰る子供たちと、小さい子達の中には親を待つつもりの子もいるみたいだ。お別れの挨拶をしたり、おしゃべりをしている声があちこちから聞こえる。

 そんな風に賑やかな公民館のエントランスに、見知った顔を見つけた。


「――今年服屋が出るんだって、聞いた? しかも、若者向けにやるらしいよ」


「へぇ、そうなの。せっかくだし行こうかな」


 立ち話をしている私服姿の女の子二人組。

 二人共すらりと背が高いし、それでいて着ている服も大人っぽいから、もし僕が彼女達のことを知らなかったら、絶対中学生には見えなかったと思う。


 ……うーん。

 僕一人なら声掛けてたけど、御手洗君は二人のことを知らないと思うし、どうしようかな……。と、向こうがこっちに気づいて手を振ってきた。


「?」


 知らない綺麗な女の子二人に手を振られた御手洗君は、振り返って後ろに誰もいないことを確認して、首を傾げている。


「おーい」


 だからか僕が彼女達に手を振り返すと、御手洗君はぎょっとした目でこっちを見た。


「えっ、知り合いなのか?」


 僕が彼に返事をする前に、スマホを見ながら歩いていた霞が顔を上げ、二人を見つけてげっと呟いた。


「不味い……」


 ? 何が不味いんだろう?

 分からなかったけど、僕達の前まで歩いてきた早希ちゃんと千夏がぴっと彼女を指差した。正確には彼女の髪を、かな。


「霞、その髪……何してるのー?」


「いや、これは違うんだ、ただ僕は世界の導きに応じて……」


「真っ赤って……。流行りのアッシュ系で揃えようって話してたじゃん?」


「人の話を聞いてくれ……」


 雰囲気からして、また霞が何かやったっぽい。でも、そんなに深刻そうな感じでもないな。

 千夏と早希ちゃんは、じりじりと後退していた霞を捕まえた。霞は最初は二人の手から逃れようとしていたけど、結局諦めてされるがままになっている。そんな霞をうりうり~としながら、早希ちゃんは僕の方に顔を向けた。


「あ、お兄さんもこんにちはー」


「こんにちは」


「挨拶してないで、助けてくれないか……?」


 霞は不満そうにそう言って早希ちゃんの腕の中でふてくされているけど、彼女はよほど親しくなった人にしかこんな態度は取らないし、相手が同性でも他人に身体を触られるのを許すタイプじゃない。三人が同じ中学校なのは知ってたけど、仲が良さそうで安心する。


「……? 知り合いなのか……?」


 と、御手洗君が状況に置いて行かれてしまっていたみたいだ。そうだ、彼に二人を紹介しよう。


「あ、えっと、御手洗君紹介するね。まず、こっちの子は僕の、僕の……? ……ねぇ早希ちゃん。君って、僕の何だろう?」


「……何でもいいですよー? お兄さんの好きなやつで」


 僕が聞くと、早希ちゃんはそう言うとにこと笑って、一歩こっちに詰めて来た。ちなみに、霞はその隙に彼女の腕の中から逃げ出して、僕の背中側に回っている。


「……うーん、友達、かな?」


 妹の友達って紹介するんじゃ、少し味気なさ過ぎる気もするけど……友達って言っていいのかな。そう思ってためらいがちに言うと、


「……はぁ、そっか」


 早希ちゃんはため息を吐いていた。ううっ、間違えたな。


「ごめん、違ったかな? いや、馴れ馴れしかったよね、ごめん」


「えっ? ……あっ、いやいやいやいや! そういう意味じゃないよー? 私とお兄さんは全然友達です!」


「あー……。それなら良かった」


「……まさか、友達じゃないって言うと思ってました? ちょっとショックです。私って、そんなに薄情そうに見えるかな……」


 早希ちゃんはがっくりと肩を落とす。


「! ごめんごめん! そんなことないよ!」


「なーんて、冗談ですよー。お兄さんのそういう謙虚なとこも私好きだな」


 落ち込んでいたようにしていた彼女はパッと明るく笑ってそう言って、僕はほっと息を吐く。さっきのは演技だったと分かって、一安心だけど。……これは謙虚とは、ちょっと違うかな。


「――なぁ。俺、帰るわ」


「えっ、ちょ、ちょっと」


 彼の紹介がまだだったなと思って見ると、御手洗君はそう言ってさっさと僕達の横を通り抜けて行ってしまった。


「? 今の人……。ごめんなさい、もしかして邪魔しちゃった?」


 千夏と早希ちゃんは申し訳なさそうな顔をして、彼の出て行った出入口の方を見ている。


「いや、うーん……」


「ふむ。……ボクは、彼の気持ちも分からないのでもないがね。まぁ、君達が気にするようなことじゃないさ」


 二人にそう言って肩を竦める霞。……もしかしたら、御手洗君には急ぎの用事があったりしたのかもしれない。分からないけど、何にしても、連絡先も交換してないし次の集まりの時に聞いてみるしかないな。

 ……気を取り直して、僕は二人に声を掛けた。


「そう言えば、二人共ここに何しに来たの?」


「ん。えっと、私は早希の付き添い」


「早希ちゃんの?」


 早希ちゃんが何か、公民館に用があったってことかな。もしかして、お祭り関連の話?

 と、疑問に思っていたら、早希ちゃんは再び捕まえた霞の赤い髪をつまんでしげしげと見ながら言った。


「あ、それなんですけどー。私、ステージの申請に来たんです。夏祭りのやつ、千夏と出たくって。でも、千夏があんまり乗り気じゃないっぽい?」


 ……へぇ。

 ステージパフォーマンスなんて、千夏の大好物だったと思うけど。少し意外かな。

 そう思って見ると、千夏は僕から目を逸らして、自分の長い髪を指で弄りながら言った。


「あの、えっと、乗り気じゃないっていうか……」


「…………?」


 ……もしかして、やりたくないって訳じゃないのかな。ただ、出るべきじゃないと思う理由があるのかもしれない。最近の千夏の行動からすると……ひょっとしたら、勉強しなくちゃいけないと思っているのかも。

 ……うーん。

 少し考えてから、僕は千夏に自分の考えを伝えることにした。


「……勿論、出なくても良いんだけど。でもせっかくの夏休みだし、何か楽しいことがあっても良いと思うよ。夏休みが終わったら、どうしても勉強のことで頭が一杯になるかもしれないから。それに、今のうちにしっかり楽しんでおくくらいの余裕は、あるんじゃないかな」


 勉強は確かに大事だけど、今は中学最後の夏休み。千夏もお祭りくらい楽しんだっていいはずだ。それに、お祭りも勉強も両方頑張れたら、その経験はきっとこれからいい方向に働くんじゃないかな。

 僕がそう言うと、千夏は綺麗な瞳をきらりと輝かせて、こくりと頷いた。


「……うん、わかった。……早希。ステージ、出よう」


「! ほんと? ありがとう!」


 千夏の手を取って喜ぶ早希ちゃん。二人のステージが、上手くいくといいな。僕も裏方として頑張ろうと思いながら、御手洗君が出て行ったガラス張りの出入り口の方を見ると、外で空が曇り始めているのが分かった。

 ……雨が降り出す前に、僕達も早く帰ろう。

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