僕は彼女の実家に行った
その次の週末、僕は父さんに祭りの準備のことで挨拶しておきたい相手がいると言われ、二人で外に出かけていた。
今歩いているのは、古くからの家が集まっている地域だ。
目の前の家も立派な塀のあるお屋敷で、ザ日本家屋って感じの家だ。一体どんな人が住んでるんだろうと思いながら横目に見ていると、父さんは何故かその家の前で足を止めた。
「よし、着いたぞ冬二」
「冗談だよね?」
表札を確認していた僕は、思わず父さんに聞き返した。
「マジだ。爺さんも、さっきいるっていってたから大丈夫だろ」
父さんが門に取り付けられたインターホンを押すと女の人の声で返事があって、暫く待つと、優しそうな顔立ちのおばあさんが出て来た。その人は父さんを見ると頷いて、敷地に入れてくれた。
玄関から板張りの廊下を通って、奥の部屋に案内される。女の人が襖を引いてくれて、部屋の中に入る。畳に掛け軸、綺麗な花が活けられた花瓶。その隣の華美にならない程度に飾られた椅子に、和服を着た七十代くらいの男の人が座っていた。
「よう爺さん、連れて来たよ」
父さんは、その人を爺さんと呼び、その人の対面に用意された二つの座布団のうちの片方に無造作に座った。
「おう桐山。この子がそうか?」
「ああ。こいつが俺の息子の冬二。今回の祭りの準備に参加させることになった」
「桐山冬二です。よろしくお願いします」
僕は父さんの隣の座布団に正座で座って、畳に手をつき頭を下げる。と、その人は笑って手を左右に振った。
「かか、そんなに畏まらなくてもええ。儂は、三国忠信という。今回の祭りの仕切りをやっておる。と言っても、言い出したのが儂というだけで、店ももう若いもんに任せておるから、口を出すつもりはないんじゃが」
隣から父さんが付け足すように説明してくれる。
「隣町との合同での祭りを提案したのが、この人ってことだ。全く、面倒なことを言い出してくれる」
「うるせぇぞ桐山。しかし、この合同の祭りは成功させたいのよ。孫に見栄を切ってしまったからのぅ。……ああそうじゃ、今日はまだ孫の話をしていなかったのぅ」
「おい冬二、この人の自慢話、長いから聞かない方が良いぜ」
「……いえ、聞きたいです」
「! そうかそうか! おい、冬二は見どころがあるなぁ、親父と違って!」
「…………」
無言で肩を竦める父さんを無視して、忠信さんは慣れた口調で話し始める。
「うちの孫はもう今年十六になるんじゃが、そりゃあもう可愛くてのぅ。しかも頭も良いんじゃ。山桜高校じゃしのぅ」
………………。
「おい、大丈夫か?」
こつりと肘で脇腹をつつかれる。
僕の顔が変だったのか、父さんに少し心配そうな顔で尋ねられる。大丈夫だと返して話の続きに耳を傾けた。
「……しかもその上、さらに勉強するために今は泊りがけで塾の夏期講習に行っておるんじゃ。向上心が強いのよなぁ!」
「…………それは、凄いですね」
「じゃろうじゃろう!? それでのぅ、ついこの間も儂と話をした時、あの子が祭りに行く気が無いと言っておったからの、儂が今年は盛大に盛り上げるから、祭りは来なさいと言ってやったのよ。そしたら何と言ったと思う、こぉんな仕草で、おじいちゃんは無理しないでなどと言って……」
忠信さんは多分、胸の前で腕に組もうとしたんだと思う。
その拍子に椅子の隣に飾ってあった花瓶に忠信さんの肘が当たって、ぐらりと揺れた。
「!? 危ないっ!」
ぽかんとした顔をしていた忠信さんに倒れ掛かった花瓶を、すんでのところで受け止める。
「…………」
「…………」
「…………す、すいません大声出して。あの、大丈夫でしたか?」
うわ、急に大声を出してしまった。恥ずかしさを誤魔化しながらそっと、もともとあった場所に花瓶を戻す。
「爺さん、大丈夫だったか?」
「……あ、ああ。驚いた、急に倒れてくるもんだ。最近模様替えしたばかりだったんじゃが、もう少し考えた方がよいな。助かったわい」
父さんからも声を掛けられて、忠信さんはやっと反応してくれた。
「しかし、よく咄嗟に反応出来たの。というかこの花瓶、結構重かったと思うが」
「……うぉ、マジだ。これ片手で受け止めるって冬二お前……大きくなったな」
「たまたま動けただけですけど……良かったです」
座った角度的に多分三人の中で一番最初に花瓶が目に入ったから、本当になんとか動けただけなんだけど。ちょっと大袈裟に驚いた様子をしていた忠信さんは、しばらくしてふむと深く頷いた。
「…………悪くないの。咄嗟に人を助けられること、そしてそれを驕らない態度。冬二と言ったか、お主みたいな若いもんがいてくれると心強い。最高の祭りにしよう。さっきも言いかけたがの、孫の為にも成功させたいんじゃ」
「! …………頑張ります」
急に頭を下げられ、僕も慌ててそれだけ言って頭を下げ返した。すぐに頭を上げた忠信さんが頷く。
「うむ。成功した暁には、うちの孫を紹介してやろう」
「え。いや、えっと、あの」
「なんじゃ、嫌かの。自慢の孫なんじゃが」
「いやあの、嫌とかじゃなくてですね……」
言葉に詰まっていると、見かねた父さんが助け船を出してくれた。
「まぁまぁ爺さん、急にそんな話されても困っちまうって。冬二にも色々考えることがあるだろう。……紹介って、お見合い的な意味合いが含まれるかな、とかさ?」
どうしてか眼光を鋭くさせた父さんがそう言うと、忠信さんはかかっと笑った。
「阿呆か。儂とてそんな時代じゃないことは分かっておるわ。ただ紹介するだけじゃから心配せんでいい」
「……あの、そのお孫さんの話なんですけど」
僕がそろそろと手を挙げると、話していた二人の視線がこっちに集まった。
改めて聞くのは変な気がしたけど、これだけは確認しておきたかった。
「何部に入ってるとか、ご存知でしょうか」
---
「……てか爺さん、冬二が帰ったから言うけどよ。今年の祭りの予算、あれ相当ぶんどって来てるんじゃねぇのか」
「かか! 祭りは派手にやってこそじゃろうて! というか桐山、お前息子の前だと真面目な顔し過ぎではないか?」
「うっせーな爺さん、俺だって息子の前ではかっこつけたいに決まってんだろうが。というかよ、勝手にお見合いの話とか持ってくんなって! まず親の俺の意見聞けや!」
「なんじゃ、儂の孫じゃ不満か?」
「そりゃ爺さんが猫可愛がりしてるのは知ってっけどよ……。そうだ、この際だから言っとくけどな、うちの息子も負けてねぇからな? うちの息子も山桜高校だし、しかも成績は学年トップクラスだからな」
「ほぅ、それは凄いのぅ! …………とでも、言うと思ったか?」
「!? どういうことだ!?」
「うちの孫も、もちろん成績優秀。しかも学年トップクラスじゃない、学年トップじゃよ!」
「な、なにぃぃいいいい!?」
「ブハハハハハハハ! まだまだじゃのう桐山! 普段お前が儂の孫話を聞くたびにソワソワしておったことくらい気づいていたわ! さぞ自分の子供の自慢話をしたいんじゃろうと思っておったが、所詮その程度か!」
「くそっ、……いや待てよ! 学年が違うからその学年のレベルによって同じ順位でも価値が変わるはずだ!」
「やれやれ、細かいことにこだわる奴じゃの……。そもそも、勉強の出来不出来で子供の自慢をしようというのが浅ましいじゃろうが。少しは反省せいや」
「おい、爺さん勝ち逃げはずるいぞ。唐突な正論はやめろ」
「その点さっきも言ったが、うちの孫は文芸部じゃぞ。知的な感じあるじゃろ」
「…………いや、それさっきとそんなにレベル変わってないぞ爺さん」
---
「こんな偶然ってあるのかな……」
もう少し話して帰ると言っていた父さんを残して、僕は一人でお屋敷を出ていた。
『一年の三国凪です、よろしくお願いします』
『何で文芸部に入ったかって……。いや、楽そうだったからですよ』
苗字、高校、学年、部活。
ここまで揃えば間違いない。
背後の日本家屋を振り返る。
ここは僕が告白した相手、三国凪の実家だ。




