僕は親友と話をした
「夏休み入ってから全然連絡よこさねぇしよぉ、どうかしたのかと思ったわ」
目の前の優男はそう言ってパン屋の前に設置されたベンチに座り、さっき買っていたパンの袋を取り出した。
「や、まぁ……色々あってさ」
僕は座らずにベンチの隣に立った。
「あいつとは連絡とってんのか?」
僕らの中であいつ、と言えば一人しかいない。
文芸部員の三人目。僕が告白して――――振られた後輩。
「…………いや、取ってないよ」
「ふぅん。意外だな」
「…………あぁ」
僕は思わず息を吐きだした。……竜一は、僕と彼女の間に何があったか知らないみたいだ。彼女がそういうことを言いふらすような性格じゃないことは知ってたけど、てっきり竜一には話してるのかと思ってた。
「そっちは何してるの」
「俺? 俺は今日はサッカー部の助っ人。来週からはバスケ部の方にも顔出せって言われてるし、いや人気者はつれぇわ~」
もごもごとパンを頬張りながらそう言う竜一は、文芸部以外にも助っ人としてあちこちの運動部に引っ張りだこにされている。まぁまぁなことを言ってるのに、嫌みに聞こえないのは、竜一の人柄かな。
「そうだ、暇ならお前も一緒に来ないか? あいつらも喜ぶと思うぜ」
彼のお世辞は聞き流すとして、万一学校に行って彼女と出会ってしまうのは避けたい。
「はは。ありがたい話だけど、僕は午後からバイトがあるから、遠慮しとくよ」
「そりゃ残念。…………まぁ、何でもないなら良かった。まだ夏休みはなげぇし、またどっか遊びに行こうぜ」
「!…………うん、考えとくよ」
「おう! ……にしても、お前変わったよな。前みたいに飯食うのやめたのか?」
「……や、ご飯を食べるのは今も好きだよ。でも今はバイトとか、他にも色々新しいことやったら、それが面白くてさ」
「ははっ…………やっぱお前、おもしれぇわ」
「ん?」
「うし、俺そろそろ行くわ」
「あ、うん」
パンを食べ終えた竜一が自転車に乗り、立ち漕ぎで高校へ向かうのを少しの間見送った。
――――貴方と仲良くしてたのなんてそんなの、竜一君が居たからに決まってるじゃないですか
「ふぅ…………」
なんとか普段通り話せたかな。僕は家への帰り道を歩き始めた。
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自転車に跨ったまま、後ろを振り返る。
もう店先に冬二の姿は見えなかった。
あいつのことだ。きっともうあいつの言うところの“もっと面白いこと”をしにどこかへ向かっているんだろう。
思わず、口元が緩んだ。
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俺、沢田竜一が高校で文芸部に入ったのは、小説を書きたかったからだ。
昔から、本を読むのは好きだった。本が好きな奴が小説を書きたくなるのは、そんなに不思議な流れでもないと思う。
ただ、自分がどうにも男らしくないツラをしていることに小さい頃に気づいてからは、周りに舐められないようにスポーツマンで通して来たし、柄でもない趣味であるという自覚はあったから、そもそも高校で文芸部に入る気はなかった。それでも一応見学に行ったのは、俺には合わないんだと、再確認する為だった。
文芸部の部室だという空き教室には、よく分からないでかい奴が一人いただけだった。
同じ一年だというそいつは俺が見学者だと分かると笑顔を浮かべた。曰く、今は自分しか部員がいないから、特に活動もしてないし、暇なときに来てくれればいい。
その言葉に釣られた訳じゃないが、俺は結局何となく決めたバスケ部と兼部で文芸部に入ることにした。
バスケ部の練習は楽しかった。ただ、俺はそれほど周りと合わせるのが上手くなかったから、たまにサボって文芸部に顔を出した。逆に冬二は人当たりが良く、学校でも好かれているように思えたが、俺が放課後部室に行くといつも冬二は一人でそこにいた。
冬二は部室では勉強をしているか、小説を読んでいるか、スマホをいじっているかで、俺が来ても軽く雑談するくらいで、大した話はしなかった。けど冬二は部活の時間が終わると、よく飯に俺を誘ってきた。特に用事が無い日は、俺達は二人で商店街の方に出かけた。
パン屋、中華屋、定食屋…………色々なところに行ったが、一つ言えるのは、冬二がとんでもなくよく食う奴だということだ。中華屋でたらふく食った後に、家族に夕飯のリクエストをしていた時は流石に目を疑った。
一度なんでそんなに食うのか、と聞いてみたことがあった。
「…………好きだから?」
この上なく単純明快な答え。だけど、本当にそれだけなのかと思った。
だって、こいつが太っているせいで陰口を叩かれてたことを知っている。体育ではよく笑いものにされる。太っていること、ただそれだけで本人の意思に関わらず、一定の振る舞いを求められることも多かっただろう。
痩せることも出来た筈だ。幼い頃は痩せていたという話も聞いた。動くのが嫌いな訳でもなさそうだった。前にバスケの練習を手伝ってもらおうとしたとき、最終的に何故か俺の方が教えてもらう形になったこともあったくらいだ。
だから、それでもこいつには好きだという理由しかないと分かった時、俺は困惑した。
「お前さ、人の目が気になることってねぇのか?」
「…………今から少しだけ、おかしなことを言うよ。僕はさ、結局世の中ってシンプルだと思うんだ。やるかやらないかだって。だから自分が何か好きなことをやって、それを馬鹿にするような奴は放っておけばいい。自分の人生なんだし。それにその人たちは、自分の好きなことをやる気持ち良さを知らないんだって思うと、少し楽しくない?…………ずずっ」
俺は、冗談抜きに衝撃を受けた。しゃべり過ぎた、とばかりに無言でラーメンをすする冬二が、とんでもない奴だということを理解させられた。と同時に、こいつを「デブだから」だの何だの言って型にはめて理解しようとするやつのことが許せなくなった。
人の目を気にして生きてきた。趣味は読書だったけど、人に聞かれた時にはスポーツと答えることが当たり前になった。舐められないように言葉遣いを荒っぽくした。本当に好きなものと、人に見せる用の好きなものを区別し始めた。そしてそれすら気付かずに、ただ考えることをやめて、大人になった気でいた。
こいつおもしれぇな、と思った。
それから俺はバスケ部には、たまに助っ人で入ることにした。あの薄暗い空き教室で、小説を書きたいと思ったから。
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……冬二とあの後輩の間に、何があったのかは知らない。だが、何かがあったんだろうなとは思った。大方想像はつくが、冬二から言い出さない限り聞くつもりはなかった。
そもそも、俺達は微妙な関係だ。さっきは遊びに誘ってはみたが、友達かと問われれば俺は曖昧な笑みを浮かべることになるだろう。
だが、夏休みはまだ終わらない。あいつに関わることで、何か面白いことが起こる未来に期待して、俺は一人、自転車を漕ぎながら笑った。
感想欄でご指摘頂き、文章の量を少し増やしてみました。またご意見あれば聞かせてください。




