僕は妹を抱き締めた
そのあと、早希ちゃんの提案で二人の勉強を見ることになった。
妹は最初なんだか遠慮していたみたいだったけど、しばらくしてちょんちょんと肩を叩かれる。
「お兄ちゃん、あの、ここがよく分からなくて」
「えっと、これは分かりづらいけど、こことここが相似になってるんだ。で、だからここの角度が一緒で、三角形の内角の和が百八十度だから……」
ちょっと複雑なところだから、出来るだけ噛み砕いて教える。
「ねぇねぇお兄さん、これはー?」
「あぁ、これはそっちのと実質的には同じ問題で――――」
「あっ、こういうことです?」
「え、う、うん。そうだけどよく分かったね」
「だって、今ヒント貰ったじゃないですかー」
「いや、普通はそれだけじゃ分かんないと思うけど……」
「またまたそんな。でも、嬉しいです。えへへ、よーし、頑張るぞー」
「…………」
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早希ちゃんは握っていたペンをからりとテーブルに投げ出した
「やっと終わったー」
「あ、お疲れさま」
「…………」
千夏はまだ少し課題が終わらないみたいだ。
「お兄さん、お話しましょうよー」
「あ、えっと……」
「………私のことは気にしないで、もうすぐ終わるから」
「そっか、了解」
「ねぇお兄さん、バイト始めたのってなんでー?」
「…………や、特に理由はないけど。遊ぶお金欲しさかな」
早希ちゃんが、ブランド物っぽいバッグからスマホを取り出しながら聞いてくる。
「お金が欲しいんですかー? いくらです? 貸してあげますよー?」
「…………そういうこと、あんまり人に言っちゃだめだよ」
この子はたまに、無邪気な顔でとんでもないことを言う。
「やだなぁ、こんなこと千夏かお兄さんくらいにしか言いませんってー」
ふふっ、と笑う彼女は年下のはずなのに、なんだか底が知れない。
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夕方になって、早希ちゃんが帰るのを見送る。
「お邪魔しました! またね、千夏」
「……うん、また学校で」
「お兄さんも。…………あ、ちょっといいです?」
ちょいちょい、と手招きされたので近寄ると、内緒話をするように耳元でささやかれた。
「……千夏のこと、よく見ててあげてくださいねー」
「……言われなくても、見てるよ」
「…………うーん、それならいいんだけどー……」
早希ちゃんは何か言いたげにしていた気がしたけど、結局そのまま頭を下げて帰って行った。律義な子だと思いながら見送る。妹も、どこかぼんやりしながら手を振っていた。
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早希ちゃんの姿が見えなくなって二人で家に戻ったとき、妹がぽつりとつぶやいた。
「…………お兄ちゃん、失望した?」
「え?」
「私、最近勉強してるはずなのに、全然点数が伸びないんだ。今日も教えてもらったのによく分からなくなってきちゃったし。中学の勉強でつまずくような妹じゃいやだよね、恥ずかしいよね」
「……千夏」
「それに比べて、早希はすごいよね。でも、スポーツなら絶対早希には負けないから――――」
「千夏!!」
千夏が笑う。
「次は上手くやるから。私のこと、嫌いにならないで……」
「――――!!」
僕は妹を抱きしめた。
力加減を間違えたら、壊れてしまいそうなほどに華奢な身体だった。
馬鹿だな、僕は馬鹿だ。
不安じゃないはずないのに。
千夏は人気者だ。それに家族以外の前じゃ大人顔負けに理知的だし、芸能事務所にスカウトされたことがあるくらい見た目も整ってる。だけど、だからこそ、皆が千夏に掛ける期待も尋常じゃなかったはずだ。
僕も、無意識のうちに彼女に負担を掛けていたのかもしれない。いや、掛けていたんだと思う。
どんなに出来た存在だからって、僕だけは、家族の僕だけは彼女の安心でいたかったのに。
「………あのさ。多分こんなこと、恥ずかしいから二度と言わないけどさ。……僕は千夏のことが好きだ、大好きだ。それは千夏の出来がいいからじゃない、家族だからだよ」
「…………………っ!」
「受験の結果がどうなってもどうでもいいし、千夏のこと嫌いになんかならないよ。……だからさ、辛い時は泣いていいんだ。僕はずっと味方だから」
「……………ひっぐ……………ぐすっ………うわぁぁぁあん! お兄ぢゃぁん!」
胸の中の千夏が泣き止むまで、僕はその背中を撫で続けた。
最近、予想外にアクセスが増えていて驚いています。今までこんなにたくさんの方に作品を見てもらったことは無く、皆さんの期待に応えられるか不安に思う気持ちも正直強いです……。ですが、応援してくれる人がいることは純粋に嬉しいことで、モチベーションにもなるので、これからも精一杯自分の良いと思うものを書いていくつもりです。よろしくお願いします。




