某一族の陰謀
元和6年(1620年)9月に俺は元服し、金地院崇伝の選定により諱を忠長となった。ついに徳川忠長の登場だ。ちょっと前までは格下の松平扱いだったが、まぁ細かいことは気にするな。
俺は駿府城の大広間で祖父家康公に謁見してから一貫してくわばらくわばら、君子危うきに近寄らず、の精神で
「将軍は兄家光。俺は兄の部下として忠義を尽くす。」
という姿勢を崩していないのだが、兄は身長146cm(単位は読者のためこう書く。以後わかりやすさ優先するから細かいことを申すなw:作者注)で痘痕面で吃りがあり、父や大叔父(織田信長公)に似て(母曰くそっくり)長身イケメン弁舌さわやかな俺が全力で遠慮しても
「なんと奥ゆかしい……」
「あの控えめな心こそ天下人にふさわしい……」
等と諸大名が勝手に盛り上がってしまっていたのだ。そのせいで母の江まで舞い上がってしまっていた。正直諸大名に盛り上がられても後継者選定にはまるで関係なく、兄に疑われるだけなので困る。というよりも……その俺の余計な人気のせいで、兄の乳母で奥に絶大な影響力を持ち母と張り合っている春日局と、春日局となにやら相談している柳生宗矩がなにやら企んでいそうなのだ。うーむ。これは某一族の陰謀、の方向か。
俺は兄上の所に赴いて兄上に柳生十兵衛三厳殿に合わせていただけるようにお願いした。
「ん、ん?十兵衛か。よいぞ。」
と兄上は気軽に許可してくれた。これも日頃から兄上の所に潜り込んで兄上や近習の切れ者、松平信綱殿と仲良くするように努めていた効果。お祖父様には昔逆ギレして斬られたがやっぱり武田信繁を目指すぜ俺は。
柳生十兵衛殿は……隻眼だった。俺は焦って十兵衛殿に
「一寸お待ちくだされ!」
と声をかけて隣の部屋に駆け込む。十兵衛殿はぽかーんとされている。俺は大慌てで家臣に十兵衛殿に茶菓子を出してお待ちいただくように指示すると、一人でいられる小部屋に入って豊国大明神様に声をかけた。
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「とーよーくーにさまー。」
「おう。しんでいないのによぶとはなにごとだ。」
「いや確かめたい儀が。」
「なんなりと。」
「柳生十兵衛が隻眼です。前の人生であった時は普通に両目で見えていた。ていうか剣豪両目がないとキツイでしょ。」
「おほほ。その通りじゃな。」
「……ということは。」
「うむ。お主に『参考資料』で見てもらった活劇の話が今後もぞろぞろと。」
「……ひとまず今の状況をなんとかしないと父秀忠は毒殺され、兄は首を切られて投げ捨てられてしまう、と。」
「そうなるな。」
「そうなるな、ではなく。」
「ということでなんとかせよ、忠長卿。」
と言って豊国大明神さまは消えてしまった。なんとかするのは俺自身で、ってか。
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「十兵衛殿、おまたせした。駿河大納言……じゃなかった徳川忠長だ。」
「忠長様、よろしくお願いします。ところで私にいかなる御用で。」
十兵衛殿の眼帯は左目だ。良し、とりあえず『室町時代から来た初代』とかではない。
「十兵衛殿、柳生には『裏柳生』と呼ぶべきものがあるのではないのか。」
と俺が言った途端十兵衛殿がお茶をブーッと吐き出す。これは当たりか。
「……何故それを?」
まあ活劇で見た総帥、十兵衛殿の弟柳生烈堂はまだ生まれてもいないのだが。似たようなものはあるかなー、と。
「父上と春日局様が最近密談していることは?」
また十兵衛殿が茶を吹いた。
「……嫡男ゆえ密議の内容も承っておりますが、話すことはできません。」
「そこを押して天下の安寧のためにも。」
……なんとか無理やり聞き出した。やはり俺の評判が良くなりすぎていることに危機感を持った春日局様が父に毒薬を飲ませる算段らしい。今度の紅葉狩りで。
「十兵衛様、これからも天下と家光様を守るために協力してはもらえぬか。決して悪いようにはせぬ。」
「忠長様の天下を思う心、この十兵衛しかと受け取りました。こちらこそ今後とも宜しくお願いします。」
……そして迎えた紅葉狩りの当日、飛鳥山で父の前に春日局様が弁当を差し出した。
それを食べようとする父から俺は弁当と茶を奪い取る。
「あれあれ~この弁当なんか変だぞ~。でも美味しそうだから食べてみよう。」
といって
「何をする!いきなり無礼な!」
と騒ぐ春日局を尻目にぱくつく。うん。この鮭美味しい。
……と思った直後毒が回って息ができなくなった。突然首を押さえて倒れた俺に周りが騒然とする……そして俺はそのまま事切れてしまったのだった。
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「おお忠長よ、しんでしまうとはなにごとだ。」
「豊国大明神さま、このあとはどうなったので。」
「うむ。お前が身を挺して守ったため父秀忠公は難を逃れ、毒を盛った犯人は厳しく追求された。そして春日局や柳生宗矩が捕らえられて死罪、その者たちがもり立てていた、という理由で家光も廃嫡され、次の将軍は弟の保科正之が徳川家之と改名して就いたそうだ。お主は父を守った忠孝の士として讃えられ、神社も建てられた、と。」
……なんじゃそりゃ。
「しかし俺としては父を守って斃れたわけで、まずまずの結果ではないかとも思うのです。ここらでしまいに……」
「ならぬ。」
と豊国大明神さまは言った。
「そんな中途半端な成果で満足してはならぬ。また行ってこい!」
「……って俺が死ぬ回数が増えるだけでは?……うぁあ問答無用かいな……」
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気がつくと紅葉狩まではまだ日がある日に戻っていた。うーん。殉死では駄目なのでもいっかい対策考えよう。




