92 恋人
「好きだ」
大きく響く波の音。優しく肌に伝わる涼しい風。
そして、恋をする男。
柊はとうとう自分の気持ちを打ち明けた。
そしてそれを聞いた佳奈美は、目と口を開いて何も言えなくなっていた。
「…え…」
ただ唯一発せられたのは、困惑の言葉だけだった。
それを聞いた柊はちゃんと細かいところまで説明しないといけないことを悟り、腹を括って話し始める。
「俺は、佳奈美のことが好きだ。楽しい時はたくさん笑って元気を振り撒いてくれるところとか、たまにから回って言うつもりがなかったことを言ってしまうところが好きだ」
もう言ってしまったんだ。止まるわけにはいかない。
「恥ずかしいときは顔を真っ赤にして恥ずかしがっているところが好きだ。何事も笑顔で受け入れてくれるところが好きだ。辛い時はたくさん心配して__」
「ちょっと待って__!?もういいから…!!」
まだ一割も言っていなかったが、本人に止められてしまったので仕方なく口を閉じた。
「えっと…ごめん、ちょっと困惑してて…」
「そうだよな…いきなりだし、色々伝えすぎてややこしくなってきたな。まあつまり、俺が言いたいのは…」
簡潔に自分の伝えたいことをまとめる。
「俺は佳奈美のことが好きだ。もしよければ、付き合って欲しい」
「!?…」
そこで現実に直面したらしい佳奈美は身体を跳ねさせて戸惑いを見せるが、それでもなんとか言葉を募らせてくれる。
「…嬉しい。こんな情熱的な告白されたのはじめてだよ」
彼女は胸に手を当て、小さく笑っている。
そしてその赤くなった顔が、徐々にこちらに近づいてくる。
「__っ!?」
その瞬間、佳奈美に唇を奪われた。
柔らかくて温かくて、優しい感触だった。
「えっと…これはどういう…?」
「わ、分からない…?」
「ん…まあ、なんとなく…?」
佳奈美が急にキスをしてきた理由など、一つしかないだろう。
「柊。私も、あなたのことが好きだよ。小さなことでも気遣ってくれて、たまに子供っぽいところが、私は好きだよ」
「それしなくていいから!?」
「…だってやられっぱなしなのは悔しいもん。柊も恥ずかしい思いをするべきだよっ!!」
多分言ってる方が恥ずかしいのだが、今の佳奈美にそれに気づく余裕はないらしい。
そしてそれは柊も同じで、嬉しさと恥ずかしさで何も考えられなくなっていた。だがそれでも彼は彼女のために言葉を紡ぐ。
「あはは…まあ告白の時点で死ぬほど恥ずかしかったから許して欲しいけどな」
「あ、それはまあ…確かに」
「それでその、具体的な返事はいただけないんですか?」
「はぁ…柊って意地悪だよね」
わざわざ言うまでもないことを聞いてしまう辺り、まだまだ子供みたいな部分がある。でもまあ、彼女のジト目を見ることができたから良しとしよう。
「私も同じ気持ちだって言ってるのに察しないとか…女の子のことわかってなさすぎ!!」
「ごめん…」
「全く…じゃあそんな鈍感な柊のためにハッキリ言ってあげるね」
彼女は意を決したように手を差し出し、ニコッと綺麗な笑みを浮かべた。
「私でよければ、よろしくお願いします!!」
眩しい笑顔を向けてくる彼女の手を、優しく取った。
そしてそのままの勢いで、キスをし返した。
「…!?」
「…お返しだ」
「もう…やっぱり柊って意地悪だよね。まあそういうところも…す、好きなんだけど…」
ああもう、いちいち可愛すぎだろ。そんな顔を見せられたら脳が爆発しそうになる。
でもそれをなんとか抑え込み、佳奈美に悪戯な笑みを向ける。
「やっぱ佳奈美は可愛いな」
「__!?」
「本当に大好きだ。これからよろしくな!」
そんなことを言いながら彼女の身体を抱き寄せる。柔らかくてスベスベな肌の感触が伝わってくるが、今はそんなことはどうでもいい。
だって今は、目の前にある彼女の顔に夢中になっているから。
「も、もう…ここ外だっていうこと忘れてない?」
「あはは…確かに忘れてたわ。でもそう言う佳奈美もさっきキスしてきたじゃん」
「!!そ、それは言わないで…!!」
相変わらず可愛らしく頬を赤く染めて顔を逸らす彼女の顎に手を伸ばし、そのままクイッとこちらに向けた。
そして彼女は何かを察したように目を瞑り、柊は喜んで彼女の唇を奪った。
もう今日だけで何回目のキスだろうか。少し前まで一度キスしただけで心臓がはち切れそうになるぐらいに恥ずかしがっていたのに、今は信じられないぐらい心地良い。
だから柊は、少しだけ長い時間唇を重ねていた。
そして十数秒後、ようやく二人の唇は離れた。
「ぷはぁ…もう、好きだね」
「好きな人とキスするのが嫌いな人なんていないだろ」
「それはまあ…そうだけど」
つまり佳奈美もキスが好きということなのだろうか。そうあってくれると嬉しい。
「だからまあ、これからもたくさんキスさせてくれ」
「……っ。い、いいよ…」
こんなに恥ずかしそうにしている佳奈美は見たことがない。完全に自分のせいであるが、特に後悔はない。
だって佳奈美のこんな可愛い顔を拝むことができたんだから。
「ありがとう。これからもよろしくな」
「うん…。こちらこそ、よろしくお願いします…」
少しずつ声が小さくなっていく佳奈美。その細々とした声からは、やはり恥ずかしさが見えている。
でもその表情の中には間違いなく喜びのようなものがあって、とりあえずやらかしてはいないことを確信した。
「んじゃ、そろそろ戻るか。姉さんに疑われるのも面倒だし」
「そ、そうだね…」
先に立ち上がり、繋がれた佳奈美の手を引っ張る。
そして二人は正真正銘恋人になり、本当の意味で恋人繋ぎをした。




