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90 好きだ


「つ、着いたぞ…?」


 長いようで短かった時間は過ぎ去り、とうとう目的地の岩場に到着した。


 そこから見える景色は、本当に見たことないほど綺麗だった。


「わぁ…綺麗に見えるね…!」

「ああ…予想通りだな」


 佳奈美(かなみ)花音(かのん)が水着を買いに行っている間に下見をしていたということは黙っておいて、この綺麗な景色に感動しているフリをする。


「夕陽と海が綺麗に見える」

「そ、そうだね…」


 なぜか佳奈美は恥ずかしそうにしている。それは多分、さっき「佳奈美の方が綺麗だ」的なことを言ってしまったからだろう。


 でもさ、それを気にされるとこっちも恥ずかしいんだよね。割と思い出したくない。


「ええと…とりあえず座るか?ちょうど風も気持ちいいし」

「う、うん…!そうだねっ」


 一旦話を逸らし、涼しい風が当たる場所で腰を下ろした。繋がれた手と手を離さないまま。


「あのさ」

「ん?」

「写真、撮らないか?」

「写真?」

「ああ。楽しかった今日を形として残しておきたくて」


 今日は本当に人生で一番と言っていいぐらい楽しい日だった。そんな日をいつでも思い出せるように形に残そうとするのは必然だし、今はちょうど景色も素晴らしい。さらにうまいこと理由をつければ、水着姿の佳奈美とツーショットを撮ることができる。

 そんな私欲にまみれた要求だったが、佳奈美はいつものような笑顔で受け入れてくれる。


「ふふっ。うん、いいよ」

「ありがとう」

(しゅう)って意外と女の子みたいなところあるんだねっ」

「え、そうか?」


 その発言は心に刺さる。好きな女の子に異性として意識されていないみたいで。まあ佳奈美のことだからそんなつもりはないだろうけど。


「うん。こういう綺麗な景色が好きで、それを写真に残そうとするところとか」

「ああ…まあ言われてみれば確かに」

「そんなに悲しまなくてもいいのに」


 自然と悲しみが表情に出る。佳奈美はそれをいち早く察知し、クスクスと小さく笑っている。


「私は素敵だと思うよ?可愛くて」

「女の子に可愛いって言われて喜ぶ男は少数派だぞ」

「ふふっ、そうだね。じゃあこう言い換えよっか」

「…?」


 そこで佳奈美は顔をこちらに近づけてきて、耳元で囁いてきた。


「(__きだよ)」


 波の音が立つ。自然と佳奈美の声がかき消される。


「?ごめん聞こえなかった。もう一回いいか?」

「っ……だ、だめだよ…」

「え〜気になるんだけど」

「だめなものはだめっ…!!」

「そっかぁ」


 なぜか佳奈美は顔を真っ赤にしている。そんなに恥ずかしいことを言ったんだろうか?それなら余計に気になるんだが。


 でも彼女の反応を見るからにもう一度言ってくれる未来はないだろうとキッパリと諦め、適当に話題を戻すことにした。


「それで話戻すけど。写真、一緒に撮らないか?」

「…うん。お願いします…」


 なぜかまだ彼女は恥ずかしそうにしているが、一応許可をもらったのでスマホを取り出してカメラを起動した。


「じゃあ海が背景になるようにあっち向くか」

「うん…」

「ん〜…角度はこれぐらいでいいか…。もう少し近づいた方がいいか…?」


 佳奈美と謎の距離を感じたのでこちらから近くに寄って行き、いい感じの写真が撮れるように調整する。


「よし、いい感じだな。準備はいいか?」

「!!ま、まって…!!ちょっと時間ちょうだい…!!」


 彼女は前髪やその他諸々を調整し始めた。


 それが終わったあと、最後に小さく息を吐いた。


「い、いいよ…!写真、撮ろう」

「ああ。じゃあいくぞ」


 許可を得たところで、柊は自ら合図を出した。


「はい、チーズ」


 パシャリ。


 スマホのシャッター音が響く。そして間違いなく自分のカメラロールに、佳奈美の姿が保存された。


「見せて!」

「ああ」

「お〜、いい感じだねっ」

「だな。我ながら綺麗に撮れてる」


 そのツーショットの主役は柊であり佳奈美であり、この綺麗な景色でもある。そんな三つの要素が一体となって作り出された、素晴らしい一枚だった。


「これ、私に送っておいてくれない?」

「おっけー」


 このまま綺麗な写真に佳奈美もご満悦なようなので、柊は早速佳奈美に写真を送っておいた。


「よし。送っておいたぞ」

「ありがとう。これでいつでも今日のことを思い出せるね」

「ああ」


 いつでも今日を思い出せる、か。


 それは確かに素晴らしいことなのかもしれない。このままいい感じで今日が終了し、今日がいい思い出になれば。

だが柊が今からしようとしていることの結果次第では、それは悪い思い出になる。一度も思い出したくなくて、すぐに忘れてしまいたいような悲しい記憶。


 そんなリスクとリターンが表裏一体となっている状態でも、柊は何の迷いもなかった。今日が最高の日になるということを考えると、止まることができなかった。


「…なあ、佳奈美」

「ん?どうかした?」

「あのさ、ちょっとだけ、俺の気持ち聞いてもらってもいいかな?」

「…?いいよ…?」


 佳奈美は何を言われるのか全くわかっていなくて、首を傾げている。


 何を言われるのか理解してくれていた方が緊張しなくて済んだかもしれないが、この緊張感はなぜか心地よくて。


 気づけば柊は、期待だけを頭に秘めて口を開いていた。


「好きだ」


 岩と対峙した波は、佳奈美の衝撃を表しているかのように大きく跳ねていた。


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