89 夕陽を目指して
それからも三人は海で仲良く遊びまくった。
姉弟で仲良く砂遊びをしたり、好きな人と水をかけ合ってイチャイチャしたり。今までにないほどの充実感を味わえた一日だった。
そしてそんな楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、気づけばもう赤い空が見え始めていた。でも柊にとっての一日はまだ終わっていなくて、最後に好きな人とロマンチックな雰囲気を味わいたくなっていた。
「なあ佳奈美。最後にちょっとだけ向こうの岩場に行かないか?」
「岩場?」
「ああ。あそこからなら結構いい感じに景色が見えそうだから」
なんとか理由を作って佳奈美を誘い出そうとする。
「そうなんだ。あ、でも…」
だが佳奈美は優しい少女であるので、このままでは一人残されるであろう花音のことを心配していた。
だがこういう時こそ空気の読める姉の出番で、彼女は佳奈美に小さく笑みを向けた。
「私は大丈夫ですよ。私は片付けをしていますから、二人は行ってきてください」
やはり花音は気を遣って自分から残ると宣言してくれた。やはり空気の読める姉だ。そんな姉にはしっかりと感謝を示しておこう。
「ありがとう、姉さん」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。楽しんできてくださいねっ」
花音が少しニヤニヤと笑っているのを横目に、柊は目的地に向けて歩き始めた。
「じゃあ行こうか。案内するよ」
「うん。お願い」
意外と佳奈美も乗り気でついて来てくれているのでとりあえずは安心だ。そこでバレないように胸を撫で下ろし、目的地までの会話を探す。
「やっぱ海って綺麗だよな」
「そうだね。夕焼けがいいアクセントになりそう」
ここで「君の方が綺麗だよ」なんて言えたらいいんだろうが、そんな勇気は今の彼にはない。
前世なら平気で言えてたのに、ウブになったものだ。でもこういうむず痒いようなドキドキするような感情も、決して悪くない。この目の前にいる佳奈美という元嫁としか思えない仕草をする少女に対してそういう気持ちを抱けるのであれば、きっとうまく恋愛感情を抱けているということだろうから。
でもだからといって、積極的に攻めたりできるわけでもない。これは前世でも同じで、ずっと奥手のままである。でもなぜか、綺麗な彼女の姿をを見ると自然と口が開いてしまう。
「でも…俺は佳奈美の方が綺麗だと思うな」
その言葉はまさにクロエと海デートをした時に放った言葉だった。そしてその時のクロエの反応は…
「え__!?そ、そう…?」
まさにこんな感じだった。一瞬驚いて目を見開くが、直後に恥ずかしさが込み上げて全身が真っ赤になる感じ。
ああもう、見れば見るほどクロエにしか見えなくなるな。
それすなわち、彼女に対する好意が大きくなっているということだ。そしてその気持ちは、自然と言葉にも乗るようになって。
「ああ…。佳奈美の方が何百倍も綺麗だし、何千倍も美しいと思う」
「__!!??」
彼女はとうとう恥ずかしくなって自分の顔を手で隠し、背中を向けてしまった。
少しやりすぎただろうか?まあ結構やりすぎてるかもな。でも後悔はない。ただ自分の正直な気持ちを伝えただけなのだから。
だがしかし、ここで本来の目的を見失っててはいけない。こんなところで立ち止まっていては、ちょうど綺麗に夕陽が見える時間が過ぎてしまう。
「って、なんかごめんな。歩いてる最中にこんなこと言って…。でさ、そろそろ行かないと日が沈むかもだから…」
だから柊は一旦冷静さを取り戻し、場を和ませるようなジョークを放つ…つもりだった。
「じゃあその…こ、これで私を連れて行って…?」
彼女は真っ赤にした頬をなんとか隠しつつこちらの手を取って来た。そして直後に彼女の指がまるで恋人繋ぎになるように動かされていった。
「え…佳奈美…?」
「だって…花音さんとはこうやってたでしょ…?なのに私はダメなの…?」
嫉妬の念を抱きつつ、上目遣いでねだってくる。
これには流石の柊でも心を射止められてしまう。
「いや…いいよ。むしろ、嬉しいっていうか…」
「__!!??」
「だから…よかったらこのままでもいいですか…?」
「…はい」
どこまでも彼女に恥をかかせるわけにはいかないと、今度はこちらからお願いする立場をとった。それは心が爆発しそうなぐらい恥ずかしくて、今にも消えてしまいたくなったが、なぜか心地よくて。気づけば柊も佳奈美の手を握り返していて、本当の恋人のように手を繋いで歩き始めた。
「…ねぇ、目的の岩場ってあとどれくらいで着くの…?」
「え?あ〜…多分三分ぐらい歩けば着くと思う」
「そっか…」
そうか。最低でもあと三分はこのままなのか。
コレ、心が保つか?
(このままじゃもう景色どころじゃねぇぞ!?頭冷やしたくなって海にダイブしたくなるぞ!?)
いや流石にそんなことはしないだろうけど。でもまだギリ否定はできない。
(ああもう…!!なんで恋人繋ぎしてんだよ俺ら!!付き合ってもないのに!!)
数時間前に姉と恋人繋ぎしていた記憶を失っているようだ。まあそんなことはどうでもいいとして。
(このままじゃ本当に勘違いするぞ!?いいのか!?いいんだな!?)
だって佳奈美から恋人繋ぎの提案をしてきたんだもん。そんなの好きじゃないとしてこないでしょ。
こんな地味に信憑性のありそうなことを考えながらも、隣にいる好きな相手のことを横目でチラチラと見る。
(…やばい、もう我慢できそうにないわ…)
水着姿の好きな女の子と恋人繋ぎをするなんてシチュエーション、耐えれるわけがない。つい間違えて告白してしまいそうだ。
いや、それも悪くないか?だって今は佳奈美との雰囲気もいいし、景色だって綺麗だし。タイミングとしては、これ以上ないと言えるだろう。
(…ここで勝負決めるか)
胸の奥にある小さな勇気を握り締め、決心と共に一歩を進めて行く。




