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82 期待の水着


 あっという間に日は流れ、いよいよ海に行く日がやってきた。


「…」


 (しゅう)は期待と共に目を覚まし、早速気合を入れ始めた。


(よし、準備するか!)


 今日は一生記憶に残るであろう、大切な日。


 そう、佳奈美(かなみ)の水着と対面する日だ!!!

 だから柊はいつもより早く起きて準備に時間をかけようとしていて、早速身体を起こしてベッドから降り__


「おはようございます」

「…」


 まあ、そううまくいくわけがないよね。

 だってここには当たり前かのように隣で寝ている姉がいるのだから。


「はぁ…おはよう姉さん。毎日言ってるけど、勝手に部屋に入ってくんのやめてくれない?」

「え?なんでですか?」

「なんでって、そりゃあ…」


 普通の姉弟はそんなことしないからだよ。


 ということを伝えたいところだが、それをしたところで無意味なことは知っているので諦めて話を変えることにする。


「まあいいや…。とりあえず離してくれないか?早く準備したいんだけど」

「ふふ、今日は早くから支度をするのですね」

「まあな」

「佳奈美ちゃんに格好良い姿を見せたいからですか?れ

「…そうだよ」


 相変わらず花音(かのん)はニヤニヤしながらこちらの心を読んできやがる。いや、多分心なんて読まなくてもこれぐらいなら誰でも気づくか。

 だって彼女は柊の佳奈美に対する好意を知っているのだから。それぐらいの予備知識があれば、海に行くから気合を入れて準備をする男心ぐらい誰にでもわかるだろう。


「悪いか?」

「いえ、とても微笑ましいですね」

「さいですか」


 花音はこちらの恋路を面白おかしく見守っているのでこうしてたまに煽ってきたりもする。でもまあ、もう慣れたからさほど気にもならないが。


「じゃ、俺は下に行くから」

「私を置いてですか?」

「もちろん」

「ふ〜ん…そういうことをして良いんですね?」

「…何が言いたい?」


 彼女のことだからどうせ離してくれないと思っていたが、案外簡単に手を離してくれた。でもその代わりに何か意地悪そうな目を向けてくる。


「あ〜あ、佳奈美ちゃんの水着、とても可愛かったのに」

「どういうことだ?」

「私は今日佳奈美ちゃんがどんな水着でくるか知っていますからね。それについて是非お話ししてあげようと思っていたのですけど、もう支度を始めるなら仕方ないで__」

「よしじっくり話そうじゃないかお姉ちゃん様」

「ふふ♡正直でよろしいです♡」


 超前言撤回。滅茶苦茶気になる。


 だって、好きな子の水着だぞ?口から血を吐くほど知りたいわ。


 というわけで柊は期待を真正面に表しながらベッドに入居したのだが、そこで花音は嬉しそうに笑みを向けてきた。


「でもダメです♡それは海に行ってからのお楽しみです♡」

「は????」


 彼女は何事もなかったかのように抱きしめてきた。


(俺の男心を弄んだのか…?許せねぇ…)


 流石にやって良いことと悪いことがある。水着の話が聞けるからと命をかけてベッドに飛び込んだのに、入ってみればお預けとか。流石に舐めているとしか思えないんだが?


「なあ、話が違うんじゃないか?」

「まあ、それはそうですけど」

「流石に姉さんでもそれは許せないわ。俺、今滅茶苦茶ガッカリしてるんだけど」


 柊は真剣な目で自分が本気だったということを伝える。すると彼女にもそれが伝わり、焦ったように頭を下げてくる。


「ごめんなさい…。まさかそこまで真剣だとは思わなくて…」

「はぁ…もしかして俺のこと舐めてる?」

「いえ、そんなことは…」

「だってさぁ…好きな子の水着だぞ?それを俺がどれだけ期待してると思ってるんだ?」

「っ…」


 花音は柊の勢いに押されて何も言えなくなった。だがそれでも柊は話すことをやめない。


「姉さんは俺のことをわかっているつもりなのかもしれないけど、やっぱりまだまだわかっていないな」

「…ごめんなさい」


 少し言い過ぎな気もするが、そうでもしないと花音はこちらの本気度をわかってくれないので致し方ないのだ。

 現に彼女は申し訳なさそうにペコペコ頭を下げていて、申し訳程度に自身の考えを呟いた。


「やっぱりその、私の口から聞くより本物を目で見る方がいいのではと思いまして…でも、それを利用してぎゅーしようとするのは流石にダメでしたよね…」

「…いや、一理あるな」


 柊はそこで一歩立ち止まり、花音の言い分について考えた。


(確かに一回ここで聞いてから本物を見るとその時の喜びとかが薄れるような…いや、姉さんの言う通りだな…!)


 柊は自分が間違っていたことに気づいてしまう。


「あ、やっぱさっきまでのなし。姉さんの言う通り、直接見るまで楽しみにしておいた方が良さそうだわ」

「え…?そうなんですか?」

「ああ。やっぱ水着ってのは何も知らない状態で本物を見て驚くのに限る」


 なんかちょっとオッサンっぽく聞こえるが、この言葉にはちゃんと根拠がある。


 それは前世で初めてクロエの水着を見た時のこと。その時初めて見たクロエの水着は、今でも鮮明に思い出せるほど頭に焼き付いていた。そしてそれは、事前に知っていたら然程の衝撃的出来事ではなかったはず。


 つまり、佳奈美の水着も何も知らない状態で見ると最高の思い出になるってこと。


「なんかごめんな。ビビらせてしまって」

「いえ、柊が納得してくれたのなら良いんですが…」


 花音は少し困惑しているが、一応こちらの意見を理解してくれたようだった。


「じゃあ…お詫びに私の水着について教えましょうか?」

「遠慮しとく」

「えぇ!!なんでですか!?」

「別に良いかなって」

「どうして佳奈美ちゃんだけ…!!私だって可愛い水着を選んだんですよ…!!」

「姉の水着に興味のある弟なんていねぇよ」


 とりあえず今は興味ないフリをしておく。じゃないと彼女は柊が毎年楽しみにしている水着のことを言ってきそうだろ?あ、これ浮気とかじゃないから。


 そんなことよりも、早く準備しないと間に合わないんだが…。


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