76 捏造しないで?
次の日もその次の日も、誕生日の夜のことを忘れることはなかった。
佳奈美と過ごした、あの運命の夜。その記憶は完全に脳に焼き付いていて、柊は常に彼女のことばかり考えていた。
そんな中、柊のことを不審な目で見てくる人物がこちらに話しかけてくる。
「…柊、佳奈美ちゃんと何かありましたか?」
リビングでコーヒーを飲みながら花音はそう質問してきた。その疑問の目は、「告白したんですか?」とでも言いたげだった。
でも今まで花音には何も言ってこなかったから、今から説明をするのは憚られる。
「私…嫌われるようなことしましたか…?いつもの柊なら面倒臭そうですけどちゃんと話してくれますよね…?」
花音は悲しそうな表情で、なんなら涙を流しながらこちらに迫ってくる。流石にそんなことをされると黙っているわけにもいかないので、とりあえず花音の肩に手を回しながらそっと言葉をかける。
「いや、別に嫌いになったとかじゃないから」
「じゃあなんで教えてくれないんですか…?」
「それは…」
いや、友達とキスしたなんて言えるわけねぇだろ!!!
今普通に冷静に考えてみてもやっていることはおかしいし、それをこの姉に話そうものならどうなるかわからない。
だからどうしても花音にだけは知られたくないのだが、こういう流れになってしまっては言うしか無さそうだ。でもまだなんとかできるはずだ。キスしたことさえ言われなければさほどダメージは大きくないので、柊は本当のことを隠しつつもある程度の事実を話すことに決めて花音に相対した。
「恥ずかしいからだよ…いくら姉さん相手でも言いにくいことなんだよ…」
「!?…ま、まさか柊…佳奈美ちゃんに手を__」
「出してねぇよ!?もっと前の段階のヤツだよ!!」
「前の段階…手を繋いだ、とかですか…?」
「ん…まあ、当たりだよ」
「そうなんですか…」
相変わらず想像力豊かな姉である。おかげでこちらが口にしなくても何があったのか予想してくれて、こちらは肯定するだけで済んだ。
でも彼女にとってそれは一大事なようで、目を見開いて驚きを見せている。
「ちなみに、それはどちらからしたんですか?」
「どっちからか…。ん〜…ちょっとわかんないな」
「どういうことですか?」
別にどちらかがしたいと言ったわけでもなければ、どちらからかが静かに手を差し出したわけでもない。
「まあその、あれはその場の流れみたいなものだったから…最初は手がちょっと当たっただけだったんだけど、それが少しずつエスカレートしていって、みたいな」
「そ、そんなの…」
花音は身体を震えさせてパワーを貯め、直後に一気に解放する!
「えっちすぎます!!!!!」
「?????」
いつもの如く彼女は意味不明なことを口にして、柊の頭を?で埋め尽くす。
「は?何言ってんの?」
「だって初めは軽く触れる程度だったんですよね?なのにどんどん大胆に相手を触るようになって最後には交わるなんて…!!そんなのもうそういう行為じゃないですか!!!」
「なわけねぇよ!??」
想像力が豊かな姉だ…。
ついにはその圧倒的な思考力を活かして事実を捻じ曲げ始めたぞ。本当に、すごく厄介で面倒臭い姉だ。このまま誤解させるわけにもいかないからなんとかしないといけないではないか。
そのためには詳しく説明しないといけなくて…。
ああもう、面倒臭いな!!
でもこれは花音の弟として仕方のないことなので諦めて説得することにした。
「マジで普通に手を繋いだだけだよ。それ以上もそれ以下もしてない」
「そうなんですか?」
「ああ。だから姉さんが期待しているような行為は一切していない」
「そうなんですか!?」
「あ、ああ…もちろん」
妙に嬉しそうだな。でもそれにはあえて触れない。なぜなら、そこに触れてしまうともっと会話がダメな方に向いてしまうだろうから。
柊はご機嫌になった花音に対して特に言葉をかけたりもせず、彼女の言葉を聞くだけの存在になった。
「でも柊のことですから調子に乗ってキスしてるんじゃないですか?」
「そんなわけないだろ」
「流れと勢いで友達とキスをしてしまって後悔してたりするんじゃないですか?」
「そんなわけないだろ」
「それを私にいうのが恥ずかしくて手を繋いだ話題だけで乗り切ろうとしてるんじゃないですか?」
「そんなわけないだろ」
…いや、全部バレてるやん。
てかなんで分かってるの!?見てたの!?
いやいやいや。流石にそれはないはず。だって後悔しているのなんて見るも何も話さない限りはバレないはずだし、今手を繋いだ話だけで乗り切ろうとしているのだって普通バレるはずがない。
だから流石に全て予想だろうと思い、柊は胸を撫で下ろして安心………できるわけねぇだろ!!
こちとら頑張って誤魔化そうとしてるのに全部予想で当てられてんだぞ!?そんな状況で冷静でいられるわけねぇだろ!!
「そんなことより昼ご飯食べにいかないか?」
「話を逸らさないでください。どうなんですか?正直に話してください」
「…俺は外で食べてくるな。じゃあそういうことで__」
「柊????」
もう逃げるしかないと立ち上がったが、すぐに腕を掴まれて圧のある目を向けられてしまった。こうなったらもう外に逃げても帰ってきた頃には問い詰められる運命にあるので、柊は人生の全てを諦めることにした。
(終わったわ…クロエ、来世でまた会おうな…っ)
絶望感に駆られつつ、ゆっくり腰を下ろした。




