75 後悔はしない
佳奈美と別れを告げた後、柊は昂る胸を押さえながら家に入った。
「おかえりなさい。どうでしたか?」
その時、姉がリビングから出てきて質問をしてきたが、それに答える余裕はなくて。気づけば彼女のことを無視して階段に向かっていて、そのまま部屋に入って行った。
そして扉を閉め、それにもたれかかりながら足を崩して行った。
「はぁ…はぁ…」
上手く呼吸ができない。それは多分、先程までの出来事の理解が追いついていないからだろう。
(俺…佳奈美とキスしたのか…?)
唇を触ってみる。そこで思い出したのは、佳奈美の柔らかくて艶やかな唇。
(なんか…すごかったな…)
今でも信じられない。自分が女の子とキスをしただなんて。まさかあんなことになるなんて完全に予想外で、自分でもなぜああなったのかよくわかっていない。
でもやはり佳奈美と唇を交えた記憶だけは脳に焼き付いていて、その光景が何度も甦ってくる。そんな中で、柊はあることに気付いた。
(いや、ちょっと待て…俺、佳奈美とキスしたのか…!?)
ここでようやく脳の理解が追いつき、心臓のバクバクが一気に増して行った。
(は!?嘘だろ…!?だって俺ら、ただの友達だろ…!?)
少し勘違いしそうになったが、二人は間違いなく付き合っていない。そうなら当然友達という関係性のはずなのだが、それなのにキスをしたのか?
(え、普通にヤバくね…??)
なんか、つい場のノリでやってしまった気がする。
(もしかして嫌われたりしたんじゃ…いや嫌われたよなぁ…。ただの友達にキスされるなんて…トラウマだろ!!)
だって佳奈美が期待したように目を閉じたから。いや、そんな言い訳が通用するわけないか。だって最近は名前を呼ぶだけでセクハラにされたりするもんな。
ならもうこんなの大セクハラだろ。犯罪者じゃん。
(ああ…俺の人生終わったわ…)
佳奈美が警察に通報して、数日後に逮捕されて、死刑になって…。
いやもう本当に、なんであんなことしたんだろう?
「あ〜…もう何も考えたくねぇ…」
自分で自分の行動が理解できず、全身の力が抜けていく。でもそんな時、佳奈美との会話が頭をよぎった。
【私のこと、呼び捨てで呼んでくれない…?】
【嫌なわけないよ…!!私だってその…嬉しいし…】
【これからもよろしくねっ。柊!!】
佳奈美は帰り道に呼び捨てで呼んでくれないかという提案をしてきた。そして柊は言われた通りに佳奈美のことを呼び捨てにすると、彼女は顔を真っ赤に染めて喜んでいた。そして別れ際には、綺麗な笑みを向けてくれた。
もしキスで嫌われたのだとして、こんな行動をとるだろうか?
(嫌われたならそもそもあんな提案してこないよな…?それに嬉しいとか言ってたし…コレ、もしかしてワンチャンあるか!?)
嫌われていないと会う可能性が見えてきて、柊の曇った心には一筋の光が見えた。
(あるぞこれ!!佳奈美もキスされて喜んでる可能性あるぞ!!)
まあそもそも、キスする直前に確認をしてオッケーを貰っているんだから心配する必要はないんだけれども。でも喜んでくれているからわからないので少しだけ憂いが残る。
(これはいけるぞ!!ここで押してこその男だ!!)
柊は変な思考に至ったが、実は前世ではこれで上手くいったので意外と悪くない判断ではある。まあそれは彼女がクロエである場合に限るが。
でも正直キスした感じだと、彼女は間違いなくクロエだった。あのキスの直前で目を思い切り瞑るところや、唇が当たった瞬間に少しだけ身体が反応するところとか。
そういう仕草が付き合い始めた頃のクロエにとても似ているので、今の柊はの目には彼女が最愛の人にしか見えていない。
(とりあえず次会った時は堂々と行こう!!そこでカッコいいところを見せるしかねぇ!!)
でも今のクロエのことを考える余裕はなく、次佳奈美にどうやって会い、そのときにどういう話をするかなどを考え込んでいた。
(てか次会う約束とかあるっけ??いや、ここは俺がデートに誘おう。そして華麗にエスコートしながらクスッと笑えるような会話を繰り広げて、最後には夜景を見ながら告白を…っ!!燃えてきた…!!)
まあ、今だけの暴走的な思考だ。この後冷静さを完全に取り戻して生きていることに後悔したのはまあ気にしなくていいだろう。
それより今は、ドアの向こうにいるお姉さんにコイツをどうにかしてもらいたいところだ。




