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74 目を合わせて


 二人の唇は離れ、お互いに目を見つめ合った。


「「……」」


 でもそれよりも唇に意識が集中してしまう。今さっきまで自分は彼女と唇を交えていたのかと、そう考えてしまう。


 そんな時、恥ずかしくて顔を真っ赤にしている佳奈美(かなみ)が勇気を出して口を開いた。


「こ、こういう時って…なんて言えばいいんだろうね…?」


 彼女は視線を逸らし、本当にどうすればいいか迷っている様子だった。そのため(しゅう)はここで道を示してカッコいいところを見せようと考えるも、そんな心の余裕はなくて。


「さあ…?マジで、初めてだから…」


 そうやって言葉を返すのが精一杯だった。そして二人は互いの恥ずかしさを和らげるため一度距離をとった。


 でも手は握り合ったままで、互いの緊張は手を通じて伝わっていた。


「っ…手、離すか…?多分今手汗ヤバいから…」

「え…?離すの…?」

「え…このままでいいのか?」

「うん…このままがいいな…」

「そっか…」


 佳奈美はいつになく積極的だ。それは柊からすればとても喜ばしいことであるが、同時に心臓に悪くもあって。

 だからもういっそ暴走するみたいに自分も積極的になろうなんて考えましたが、これはそんなに単純な話ではない。なので柊は結局普段通りの感じで隣の美少女と対峙した。


「そ、それより…そろそろ帰るか?もう夜だし…」

「うん…そうだね…。もういい時間だしね」


 なぜかアッサリ帰ることが決まったが、今はそれでいい。じゃないとマジでそろそろ頭が壊れそうだから。

 二人は手を繋いだまま立ち上がり、ゆっくりと歩みを進め始めた。


「今日はその、ありがとう…。祝ってくれて、嬉しいよ」

「それならよかった…」

「あはは…それと、プレゼントも。大切に使わせてもらうな」

「うん…」


 やはり、うまく会話が続かない。


 でも仕方ない。とりあえず早く家に帰って頭を冷やしたいから。

 そしてどうやら佳奈美にはまだ話があるようで、彼女は目線をチラチラこちらに向けながら口を開いた。


「ねぇ、柊くん…」

「どうした…?」

「あの、一つ、提案があるんだけど…」

「なんだ…?」


 彼女はさっきキスをした時ぐらい恥ずかしそうにしている。そんなに恥ずかしがるということは、それ相応のことを提案されるのだろうか?もしかしたら、告白なんてことも…。


 だって、もう先にキスしたもんな…?普通付き合ってからするものだからな?ならもう付き合ってるも同然なんだからきっと告白をしてくるはず__


「私のこと、呼び捨てで呼んでくれない…?」

「…え?」


 これは予想外。

 正直告白されるなんていうのは淡い期待だったので別にその予想が外れても特に問題はないのだが、まさかそんなことを提案されるとは思わなかった。なので柊は驚きの声を上げてしまい、佳奈美は焦って目線を彷徨わせ始めた。


「ご、ごめん…!今のは忘れてっ…!!」

「いや…!別にその、俺は問題ないというか…」

「…え?」


 普通に考えて好きな人を名前で、しかも呼び捨てで呼べるなんて最高すぎる。その提案をしてくれたのは多分親密さを認めてくれたからだ。なのでこちらからは嬉しいことしかないので、柊は佳奈美にそれを伝える。


「俺はその、普通に嬉しいんだけど…佳奈美さんは嫌じゃないのか…?俺に呼び捨てで呼ばれても…」


 佳奈美の嫌がることはしたくないのでちゃんと確認をとる。すると彼女はむしろ対抗するような態度をとってきた。


「嫌なわけないよ…!!私だってその…嬉しいし…」

「!?…そうなのか…」


 ならこちらとしてはそうしないと理由はないので一度お試しで呼んでみる。


「なら…か、佳奈美…?」

「!?…〜〜!!」


 佳奈美の言う通りに呼び捨てで呼んでみると、思いの外彼女は恥ずかしがっていた。そこまで恥ずかしがることか?とも思ったが、それよりも自分も呼び捨てで呼ばれたいという欲が湧いてきたので柊もそれを要求する。


「じゃああの…そっちも俺のこと呼び捨てで呼んでくれないか…?」

「え…?」

「いや何と言うか…不公平?な気がしてな…」


 少し意味不明な理由でもあるが、頭が回っていない二人にとって理由などどうでも良かった。


「じゃあその…柊…?」

「!!…っ」


 前言撤回。これ呼ばれるのめちゃくちゃ恥ずかしいわ。なぜか彼女に呼び捨てで名前を呼ばれるだけで妙に胸が高鳴る。こんな経験、今までにあっただろうか?


 …いや、案外あったかもしれない。

 でもそれはあくまで前世での話。結局十数年は遡るので、結果的にかなり久しぶりになる。つまりいまの柊は、ほぼ恋愛経験のないウブな男子高校生と何ら変わらない。


「なんか…思ってたよりめっちゃ恥ずいな…」

「そ、そうだね…」

「…学校では、流石にやめとくか」

「え?」

「え」


 あれ、恥ずかしいから二人の時だけ呼び捨てにしようっていう流れじゃないの?


「学校では呼び捨てにしないの…?」

「逆にいいのか…?その、佳奈美は…」

「え…?全然いいよ…?」

「マジか…」


 この人、意外と勇気あるな。だって学校で急に呼び捨てだぞ?ただでさえカップルと勘違いしている人が多いのに、火に油を注ぐことになってしまう。


 多分佳奈美はそのことを理解した上でこの発言をしているのだろうが、そうであるなら逆に怖くも感じる。でもまあ、それは佳奈美が信頼してくれていることの現れだろうから特に不快でもない。むしろこちらとしてはそんなことを許してもらえるなんてとても光栄である。


「まあ…努力するよ…」

「うん。これからもよろしくねっ。柊!!」


 そう言う彼女はとても恥ずかしそうにしながらも綺麗な笑みを向けていて、柊の心はさらに佳奈美のことでいっぱいになる。でも、それも悪くない。こんなに好きな人のことで満たされるなら、それ以上の幸せはないだろう。

 そういう気持ちを噛み締め、柊は佳奈美に頑張って笑みを向ける。


「ああ」


 まだ彼女の名を呼び捨てで呼ぶのは恥ずかしい。でもいつか気兼ねなく呼べるようになりたいと、そう思うのだった。


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