72 手と手を合わせて
そしてその日の夜。柊の誕生日会は予定通り行われ、みんなで大はしゃぎした。沙也加が作ってくれた豪華な料理を腹がちぎれそうになるぐらいまで頬張りつくしたり、みんなからプレゼントを貰ったり。
柊にとって誕生日というのは一年で最も楽しい日だと言っても過言ではなくて、その理由はこういった家族たちが盛大に祝ってくれるからというのが大きかった。
でも今年に限ってはそれ以外の理由もあり、柊は待ち合わせている場所に向かった。
「あ、柊くん」
といっても、待ち合わせは家の前なんだが。
「ごめんね。待たせちゃったかな?」
「いや、さっき出てきたところだから大丈夫」
隣の家に住む絶世の美少女、香賀佳奈美。誰もが目を引くシルバーの髪に、芸能人顔負けの圧倒的容姿。まるで高校生とは思えないスラっと長い手足を小さく動かしながらこちらにやってくる。
「そっか。あ、それよりも…柊くん。お誕生日おめでとうっ!」
彼女は夜に輝く月のように明るい笑顔を向けてくる。そんな綺麗な顔にまたドキッとさせられてつい汗が出そうになるが、それを必死に隠してこちらを笑顔を向ける。
「ありがとう」
「さて、じゃあ行こっか。どこに行く?」
「あんまり遠すぎるのもアレだし、近くの公園でいいか?」
「うん、いいよ」
「じゃあ行くか」
柊は誕生日会を抜け出し、好きな女の子と軽くデートをする。
「お誕生日会は楽しかった?」
「ああ。めちゃくちゃ食った」
「ふふ、柊くんらしいね」
「そりゃ食卓にアレだけ出されたら食べないわけにはいかないだろ?」
「私はその場にいなかったからわからないけど…きっと美味しそうな料理がたくさんあったんだねっ」
「そうなんだよなぁ」
二人は公園に向かいながら他愛もない会話を交わす。その後ろ姿はまるで付き合いたてのカップルのようで、じれったい距離感で歩みを進めていた。
そんな時に突然二人の指先が軽くて交わり、二人が同時に驚きを見せた。
「「…っ!?」」
どう考えても過剰に反応し過ぎだ。でもそうなってしまうぐらいドキドキしていて、柊は慌てて謝罪をした。
「ご、ごめん…!わざとじゃなくて…」
「う、うん…!それはわかってるから…。それより、私の方こそごめんね…!」
「ああ…」
直後、沈黙が流れる。
そして全ての意識が指先に集中し、あまりうまく歩けなくなった。そうするとまた、二人の指先が小さく触れ合って。
「「………」」
でも今度は二人とも驚いたりせず、何度か小さく触れ合うのを繰り返した。
そして気づけば指先は常に絡み合っていて、流れるように手のひらが触れ合って。
「嫌、じゃないか…?」
「うん…大丈夫…」
「そか…」
佳奈美の意思確認をした後、柊は正式に彼女はと手を繋いだ。
「……っ!」
心臓が爆発しそうなぐらい大きく跳ねている。でも絶対にこの手は離したくない。
佳奈美の小さくて白くて柔らかくて綺麗な手を、ずっと握っていたい。そういう欲望が心の底から湧き上がってきて、その感情が柊の手を繋ぎ止めている。
でもずっとこのままの状態ではいつか爆発してしまう可能性があるので、なんとか喉から言葉を絞り出す。
「今日は…結構暑いな…」
「そ、そうだねっ…。な、何でだろう…」
今は普通に夏の真っ只中の夜であるが、それにしても暑すぎる気がした。まあその理由など、わかり切ってることだが。
「なんか、緊張するな…」
「うん…。こんな気持ち、初めてかも…」
「っ…!?そ、そうか…」
佳奈美が握る手の力を少しだけ強めてくる。そんなことをされるとさらに気持ちが昂ってしまって、柊も少し強めに握り返してしまう。
「あ、痛くないか…?」
「うん、大丈夫…」
「そか。なら良かった…」
もう、うまく会話ができない。先程からほぼ中身のない会話だけが繰り返されていて、傍から見れば何をしているんだと言う感じだろう。
でもこうやって会話をするだけでも精一杯で、会話に意味を持たせることなんてできない。でもそれでも、話す口を止めることはない。なぜなら、少しでもこの緊張を誤魔化したいから。
「あ、公園見えてきたな…」
「そ、そうだね…」
「…あの、えと…」
でももう言葉は尽きてしまって、柊の方は意味もなく動くだけになってしまった。
「と、とりあえずベンチに座る…?」
でもそこで佳奈美が会話を続けてくれて、柊の緊張は少しだけ和らいだ。
「そうだな…。座ってゆっくりするか…」
二人は手を繋いだまま公園に入り、近くにあるベンチに腰をかけた。
そのタイミングで手を繋ぐのも終わりを迎えるのだと考えて悲しい気持ちになりながら手に意識を集中させたのだが、なぜか手は全く離れる様子がなくて。
「…あの…っ!こ、このままでいいかな…?」
そこで佳奈美は手を繋いだままがいいと提案をしてきて、柊は咄嗟に肯定の返事をする。
「ああ…!その方が…なんか良さそうだしな…」
佳奈美にあまり恥ずかしい思いをさせたくないとフォローをしようとしたが、頭が回らないので全然意味をなしていなかった。
でも今はそんなことはどうでもいい。こうやって佳奈美と手を繋いで話ができるのだから。そんな最高なシチュエーション、考えもしなかった。でも今現実に最高の世界は広がっていて、目の前には恥ずかしそうに頬を赤くしながらもこちらを向いて話を始めようとしている女の子がいて。
「じゃあその…改めて…」
小さな灯りに照らされる公園の中で、二人の男女は破裂しそうな心臓を抑えながら会話を続ける。




