71 杞憂
深夜の小さな誕生日会が終わった後、家族たちは一斉に寝室に向かった。特に父に至っては明日も仕事があるので仕方ない。
柊ももちろんその事を理解しているから自室に戻ったし、そもそもシンプルにいつもは寝ている時間だから眠い。
「寝るか」
部屋に入るならすぐにベッドに入り、明かりを消した。
「あ、もう少し寄って貰えますか?」
「ん…あのさぁ…」
柊は心の声をぶちまけた。
「なんでさりげなく入ってきてんだよ!?」
普通に自室に戻るのかと思えば花音はこちりの後ろをついてきていて、さりげなくベッドにも侵入してきた。それに対して柊は当然不満を漏らしたのだが、花音はさも当然のことかのように胸を張っている。
「だって私は柊の姉ですよ?」
「うん、だから何?」
「それに今日は柊の誕生日という素晴らしい日ですから」
「ならゆっくり眠らせてほしい」
「つまり、柊のことをとことん甘やかし絵あげないとですよね♡」
「???????」
相変わらず理解不能な姉である。でも彼女の愛は本物だからこそ、強気で否定できない。
いや、そんなことしてるから調子に乗るのか。いい加減いい歳だしそろそろ弟離れしろとでも言ってやろうか。
「なあ、姉さんもそろそろ__」
「それに…今日は二人きりで大事な話がしたいですから」
「大事な話…?」
姉は珍しく真剣そうで、でもどこか虚ろな目をしていて。そんないつもとはまるで違う姉の姿を見てかなり驚くが、そんなことを考える暇もなく彼女は早速話を始めた。
「はい。佳奈美ちゃんについてです」
(またかよ…)
花音は今までに何度も佳奈美の話を出してきていたので、正直今回もまたいつもみたいな感じかと思った。でも結果的にその予想は外れることになる。
「柊は、佳奈美ちゃんのことが好きですよね?」
「…ああ」
「どうしようもないくらい好きですよね?」
「…まあな」
「(柊のバカ)」
「えぇ…」
理不尽だ。
「まあそれはともかく、私は一つ気になったんです。柊と佳奈美ちゃんの恋愛を、私が邪魔しているのではと…」
「…え?」
珍しく、いやほぼ初めて花音がネガティブなことを言ってきたので、つい驚いて目を見開いてしまう。
「邪魔…?なんで?」
「だってその…例えばですけど、好きな人とは二人きりになりたいと思いますよね?」
「まあそうだな。でもそれと姉さんに何の関係があるんだ?」
「それは…」
花音はどこか苦しそうで、口は正直に話すことを拒んでいるように見えた。でも彼女は勇気を振り絞って言葉を放った。
「私がいると、二人きりになれないじゃないですか…。登下校するときも遊ぶときも、毎回私は二人と一緒にいて…もしかしたら、邪魔をしているんじゃないかって…」
「……」
「あ、ごめんなさい…!大事な誕生日にこんな暗い話をして…!決して困らせるつもりとかではなくてですね…!」
なぜかはわからないが、ちょうど今不安になったんだろう。でないと彼女は楽しい添い寝タイムでこんな話をしてこないだろうから。
そしてそれを理解すればするほど、これは深刻な問題だと認識した。だって彼女は柊の気持ちを知ってから毎日心のどこかで小さな不安を抱えていたということになるのだから。仮に小さな不安であろうと、家族である柊が見過ごせるわけがないので、花音に少し強めに言葉をかける。
「いや、大丈夫。話してくれてありがとう。それで、自分は邪魔なんじゃないかって話だったか?」
「はい…」
そんなの、わかり切っている話だ。
いつもこちらにひっついてきて、時には佳奈美がいる前で爆弾発言を投下したり。彼女がいるだけで妙な不安や焦りを抱くことがある。
…でも、それは花音を遠ざける理由にはならない。花音の不安は、まるで意味のないものだ。
「はぁ…ったく、真剣な顔して何を言うかと思えば、そんなことか?」
「そんなことって__私にとっては大事な話で__!!」
「邪魔なわけない」
「…え?」
「ん、聞こえなかったか?ならもう一回。姉さんが邪魔なわけない。聞こえたか?」
「!?…はい…」
花音の考えを全否定して見せると、彼女は身体を跳ねさせて驚いていた。でも彼女を驚かせることはやめない。だってそうしないときっと彼女は理解してくれないだろうから。
「あのなぁ…邪魔だったらもっとちゃんと遠ざけてるって。学校に行くときは時間をずらせって言うし、佳奈美さんと遊ぶときも誘わない。でも俺、そんなことしてないだろ?」
「は、はい…」
「確かに佳奈美さんと二人きりの時間は欲しいと思う。でも、だからといって姉さんたちと三人で過ごす時間を減らしたいだなんて、微塵も思わない」
柊は自分の正直な気持ちを話す。そして花音はまた疑問の声を漏らす。
「それは…どうしてですか…?」
「そんなの、楽しいからに決まってるだろ?」
「え…?」
そんなに意外だっただろうか?まあ確かに普段から厄介者扱いはしてるけど、本気で遠ざけたことは一度もないからな。
でもまあ、花音の心にはまだ不安が残っているようだが。
「柊は…私といて楽しいんですか…?」
「じゃないとベッドに入ってくるのを易々と受け入れたりしない」
「…!!じゃあその、私のことを愛してますか…?♡」
「っ…ま、まあ…。愛してるぞ…?」
「っ!!!???」
花音の表情は一気に変わり、嬉しそうに抱きついてきた。
「ふふっ♡私も愛してますよっ♡」
相変わらず感情の起伏が激しい人だ。時に一人で不安になって、時に自己解決したり。でもそれがうまくいかなかった時は、こうやって直接相談してくる。
そういう信頼関係が築けていることについて柊は嬉しく思い、毎回そっと花音のことを優しく抱き返してあげる。
「もう、不安にならなくていい…。俺の愛は変わらないから…」
「ふふ♡ありがとうございます♡」
自分でも言ってて恥ずかしい。でもこうでもしないとまた勝手に不安になって自己嫌悪し始めそうだから、少しやり過ぎなぐらいがちょうどいいだろう。
こうして二人の絆、いや愛はまた深まり、誕生日という素晴らしい日の始まりを迎えたのだった。




