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69 キスしたい


「お誕生日おめでとうっ!!」


 これはいつかの誕生日の話。


 いつもは少し物寂しい家の中は綺麗に装飾されていて、食卓には豪華な料理が並んでいた。それを見たリオは、自分の胸に気持ちを伝えるように彼女のことを抱きしめた。


「ありがとう!!愛してる!!」

「えぇぇ!!??」


 まだ結婚して間もないクロエは、突然愛を叫ばれてかなり困惑した様子だった。それでも彼女は勇気を出して言葉を返してくる。


「わ、私も愛してるよ…?♡」

「ははっ、ありがとな」


 正直に言うと、キスをしたい気分だった。でもまだそこまでの勇気は湧かなくて、そっと彼女の顔を眺めることしかできなかった。その時、クロエは何かを察したように目を閉じ、顔を少し上に向けてきた。


 これはやるしかないんだと感じ、リオは緊張しつつもクロエの唇を奪った。


「…まだ、慣れないな」

「そうだね…。でも、キスするのは好きだから…もしよければその、毎日でもしたいな〜って…」

「いいのか?」

「う、うん…!リオとなら…いくらでも」

「マジか…。俺も、クロエとなら毎日したい。だからその、もう一回いいか…?」

「うん…」


 クロエはまた目を閉じた。そして先程よりも赤くなった顔を見て愛着を感じながら、最愛の彼女と唇を重ねる。



 という夢を見た。


 佳奈美(かなみ)と別れた後、(しゅう)は一度昼寝をし、そこで過去の誕生日の夢を見た。それは多分、明日が誕生日だからというのと、その特別な日に好きな人と会えるからだろう。


(クロエ…)


 柊はパッチリと開いた目でカーテンの隙間から差し込む光を見つめながら先程までの夢のことを考えていた。


(また、キスしたいな…)


 もうここ十数年は唇が寂しいままだ。あの日からは毎日していたというのに、これだけの間できなくなると流石に心が寂しくなってくる。なので柊の彼女を求める想いは強くなっていって、最終的にはキスをする妄想を…


(いやいやいや!流石に付き合ってもないのにキスはマズイだろ!!)


 いくら佳奈美がクロエにしか見えないといえど、そういう妄想をするのは失礼だ。


(いや、まだ頬にキスするぐらいなら大丈夫か…?海外では割と普通だったりもするしな)


 自分でもキスに飢え過ぎているのはわかっている。でもどうしても本能的に唇を求めてしまって、そろそろ限界が来そうになっていた。


(ん〜…でも、ここは日本だしなぁ…。男友達に頬にキスされるって、結構引かれないか…?)


 佳奈美にそれをされるなら…それは最高なんだけどな。でもそれはこちらが佳奈美のことを好いているからであって、それが佳奈美自身の気持ちに当てはまるかはわからない。

 だからいくらいい感じになったとしても、付き合うまではできないかな…。


「はぁ…キスしてぇな…」

「キスしたいんですか?」

自分の気持ちを重苦しい声で漏らす。

「まあ、そういう気分だな」

「へ〜…じゃあ私としますか?」

「あはは…何を言って__」


 って、おいちょっと待て。


「なんでいるんだよ!?」


 なぜか隣には姉が寝そべっていて、先程の発言を聞かれてしまっていた。


「そんなことより、キスしたいんですか?」

「そんなことじゃねぇだろ!?なんで毎回毎回俺のベッドに勝手に入ってくるんだよ!?」

「したいんですか?」

「…っ、それは…」


 これはすごくマズイ可能性がある。ただでさえ最近下手したら寝ている間にキスをされるんじゃないかというぐらい積極的なのに。いやでも、まだ逃げられる可能性はあるはずだ。そういう一途の可能性に賭け、勝負に出る。


「まあ、軽く頬にな」

「唇じゃなくてですか?」

「そりゃそうだろ。俺には彼女もいないんだから」

「私がいますよ?」

「…」


 何を言ってんの?普通姉とはキスなんてしないんだよ?


 いや、そんな常識が通用するような相手ではないか。それぐらいに花音(かのん)の愛は狂気じみていて、今もその狂気をこちらに向けてきている。こうなるとこちらとしても対処に困るが、ここは強行突破すればどうにかなる…はずだ。

 なので柊はいつものような悪あがきはせず、花音の綺麗な顔に唇を近づけた。


「え!?え!?本当にするんですか!?」

「姉さんが言い出したんだろ?」

「それはそうですけど…♡まだ心の準備がっ…!」

「そんなの関係ない」


 花音は困惑しているが、直前で目を閉じた。それは多分、本気でこちらのことを受け入れてくれたということだろう。まあそこまで嬉しくもないんだが、少し申し訳なくもなる。だって今しようとしていることは、花音の期待とは少し離れていることだから。


「〜〜っ!!♡」

「…」


 柊は花音の顔の一部分に唇を当てた。そして一瞬で顔を離し、花音の顔を見てみた。頬は赤く染まっていて、目は閉じられているが瞼に力が入っている。それを見て向こうは緊張していることがわかり、これは一つの大きな収穫として脳に刻むことにした。


「…あれ?もうおしまいですか?」

「ああ、満足した。ありがと」

「え…?」


 と、そこで花音は目を開き、満足そうにしている柊の目を見た。すると彼女は不満そうに頬を膨らませ、一瞬でそっぽ向いてしまった。


「もう…柊のいじわる。思わせぶりなんてよくありませんよ…」

「……」


 まあ少しだけ申し訳ないことをしたと思っている。でも頑張ったんだぞ?姉の頬にキスをするっていうのは初めての経験なんだから。そこでいきなり唇を期待されても困る。というか絶対にやらないし。


 でもやはり少しだけ申し訳ないので、謝るついでに後ろから優しく抱きしめた。


「ごめん。でも、これが今の俺にとっての精一杯だから」

「そうなんですか…?なら、いつかは唇にしてくれますか…?」

「まあ…考えとく」

「っ!!本当ですか!?」

「考えるだけだよ!!やるとは言ってない!!」

「ふふ、柊は照れ屋さんですねっ♡」

「……」


 今は雰囲気を崩したくないので考えるフリをする。でも唇には絶対にしないことは決めているので、花音の期待は裏切ることになる。


 でも仕方ないだろう?だって、実の姉弟なんだから!!!


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