68 二人きりで
「はぁ…ったく、姉さんはいつもこうなんだから…」
あの後三人でカフェにやってきて、柊は飲み物を一杯飲むなりすぐに姉への愚痴を漏らした。
「まあまあ、それだけ花音さんに愛されてるってことじゃない?」
「その通りです!」
姉に呆れる柊に佳奈美がフォローをしてくれる。でも一つだけ言わせてくれ。それフォローじゃなくて火に油注いでるだけなんだわ。
「私の柊への愛は宇宙よりも大きいですからね♡」
「はぁ…はいはいわかったよ」
「あはは…扱いが雑になってるね…」
「もうなんかどうでもいいかなって」
「大事にしてあげてよ…?これだけ弟のことを大切にしてくれるお姉さんなんて全然いないと思うから」
まあ、そりゃそうか。世間一般では高校生ぐらいの時期の姉とはあまり話さないのが常識だ。多分。
でもこの姉はそれとは逆にめちゃくちゃ話してくるし、散々愛を伝えてくる。そんな姉、普通ならあり得ないだろう。でもだからといってそれが嬉しいとも限らないわけで。
「それはそうなんだろうけど…これはこれで逆に愛が重すぎるんだよなぁ…」
「そうなんですか?」
「そうだよ」
「そうなんですね…!弟のことを愛するのは常識だと思ってました…!」
「すごい常識をお持ちですね」
「あはは…」
まあ、これが花音という人物だ。彼女は本気で弟のことを愛していて、それが当たり前のことだと思っている。
そういう無償の愛は受ける側からすれば有り難く思わなければならないのだろうが、どうにも純粋に受け取ることができない。だって彼女は、人前でも普通に愛を叫んでくるから。普通そういうのは家だけでしてくれ…。
という感じのことを思ったりもしているのだが、そんな話はもうどうでもいい。すでに佳奈美にはバレたことだし、今は向こうからも当たり前のことのような目を向けられているから。
「それより柊くん、一つ訊きたいことがあるんだけど」
「ん?なんだ?」
佳奈美は普通なら驚きを前面に表してしまうような花音のヤバい発言をスルーし、こちらに質問を投げてくる。
「柊くんって、明日が誕生日だよね?」
「え?なんで知ってるんだ?」
「それはその…連絡先を交換したから?」
「ああ…」
そういえば、連絡先の情報に誕生日とかあったっけ。よくよく考えてみればこちらだって佳奈美の誕生日を覚えているし。これは思わぬ幸運、素晴らしいことだ…!
「それでね、もしよかったら明日お祝いさせてくれないかなって」
「え?いいのか?」
ヤバい激アツすぎる…!!好きな人が誕生日を祝ってくれる!?そんなの心臓が飛び出るぐらい嬉しいわ!!
「うん!私でよければ祝わせて?」
「マジか…。うん、嬉しいよ。ありがとう」
今、どんな顔をしているんだろうか?嬉しくてニヤけてしまっているだろうか?それとも目が輝いているだろうか?
そんな不安が頭をよぎったりもするが、これは逆に喜びを見せた方がいいのかも…?いや、佳奈美にはクール系男子だと思われているはずだからここは冷静にいこう。
「ということは、明日どこかで会うってことでいいんだよな?」
「うん、そうだね」
「なるほど…」
ここは、少し悩ましい場面だ。
明日は家で誕生日パーティーが行われたりする。そこに佳奈美を招待するのも一つの手だ。でも一つ問題なのは、母や姉が調子に乗って変なことをやらかすかもしれないことだ。前に三人を会わせた時に大変なことになったからな…。
そんな不安が頭から離れず、佳奈美を家に招待するのは憚られた。それに、佳奈美には二人きりで祝ってもらいたいという謎のエゴもある。でも、花音がいる前でそれを言い出すのもなぁ…。
柊は頭を悩ませ続けてなんとか解決案を導き出そうとしたのだが、そこで花音が発言をし始めた。
「まあ私たちは家族で誕生日パーティーをしますけど…。毎年家族で祝ってきましたから、佳奈美ちゃんは少し遠慮してしまいそうですよね?」
「は、はい…。私が中に入るのはお邪魔だと思います…」
「それなら、誕生日パーティーが終わった後にでも二人で会えばいいんじゃないですか?公園とか、ファミレスとかで」
「なるほど…」
あれ、なんか珍しく気が利くな。いつもなら「佳奈美ちゃんも一緒誕生日パーティーに来てください!」と言っていたところなのに。多分、何かを察されたのだろう。この姉は案外勘が鋭いからな。特に柊のことに関しては。まあ結果的に花音には助けられたことになるので、柊はそのチャンスをしっかりと活用する。
「佳奈美さんさえよければ、そういう感じでいいかな?」
「うん!私はいつでも大丈夫だよっ!」
「じゃあとりあえず夜の七時ぐらいでいいかな?」
「うん!」
「おっけー。抜けらそうになったら連絡するな」
「うんっ!」
なんか、今年は最高の誕生日になりそうだ。
家族には例年通り祝われるし、さらに今年は前世の嫁と思われる女性に二人で祝ってもらえるのだから。好きな人に祝われる誕生日って、最高なんだよね…。
(なんか、めちゃくちゃ楽しみになってきたな)
いつも以上の高揚感を胸に、佳奈美たちと他愛もない会話をしてその日を過ごした。




