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64 笑みを向けて


 その後二人は薬局で様々な物を購入し、すぐに佳奈美(かなみ)の家に向かった。


「いらっしゃい。来てくれてありがとうね」


 インターホンを鳴らすと、待っていたと言わんばかりに(かえで)が出迎えてくれて、しっかり者の花音(かのん)は楓に軽く挨拶をした。


「いえ、こちらこそ。佳奈美ちゃんと話す時間をくれてありがとうございます」

「いいのいいの。佳奈美もきっと喜ぶから」

「ありがとうございます。じゃあ早速、部屋に行ってもいいですか?」

「うん、もちろん。案内するね」


 楓もこちらを心良く受け入れてくれて、早速佳奈美の部屋に案内してくれた。


「ここだよ」

「ありがとうございます」

「あとは私たちに任せてくださいっ!」

「ふふ、頼りになるね。じゃあお言葉に甘えて、佳奈美のことは任せるね」

「「はい」」


 なぜか花音は自信満々で胸を張っているが、とりあえずそれはどうでもいい。そんなことよりも今は目の前で苦しんでいるであろう佳奈美に対してどんな言葉をかけるべきかを考えねば。


「失礼しますね、佳奈美ちゃん」


 いや、どうやらそんなことを考えている暇は無いらしい。


【どうぞ】


 花音は佳奈美の返事を受けるなりすぐにドアを開き、中に入っていった。もちろん(しゅう)もそれについて行き、ベッドに横たわる佳奈美と対面した。


「二人とも、来てくれたんだ」

「はい。当然ですっ」

「友達が熱で休んだとなると流石に様子を見に来たくなるから」

「そ、そうなんだ…」


 佳奈美が少し照れている気がする。それは多分、友達という言葉を聞いて嬉しくなったからだろう。だから決して、こちらのことを好きだからとかいう勘違いはするなよ!!


「それで、体調はどうですか?」

「朝よりは良くなりましたね…。でもまだ頭痛と腹痛があって…」

「そうなんですか…」


 佳奈美は少し辛そうに言葉を発す。それには柊もかなり痛々しい気持ちになったのだが、それよりも一つの疑問が勝った。


「え、お腹痛いのか…?」

「ちょ、柊!!」

「え????」


 無知な柊くんは熱といえば頭痛が主で、腹痛はもっと別の何かが要因だと思っていた。まあそれ自体は正しくもあるのだが、今回の柊のこの発言は少しマズかった。なので花音は焦りながらこちらの口を塞ぎ、佳奈美に苦笑いを向けた。


「ご、ごめんなさいね…。この子、まだ知識が浅くて…」

「いえ、私は大丈夫ですけど…」

「私からちゃんと説明しておけばよかったのに…本当にごめんなさい…!!」


 花音は深々と頭を下げ始めた。その姿はまるで弟の不始末を死ぬ気で謝る姉のよう…じゃなくてそのものだろ。どう見たって花音は柊のやらかしの尻拭いをするように頭を下げている。なので柊の頭の疑問は加速していく。


「あの…俺、またなんかやっちゃいました…?」

「はぁ…まだ分かっていないんですか?」


 あれ、いつもは滅茶苦茶甘い花音が珍しくジト目を向けてきている。これは、もしかして本当にやっちゃってるヤツ?でも特に身に覚えはないんだが…。

 と、そんな風な反応を示していると、花音が耳元に口を近づけてきて佳奈美に聞こえないぐらいで囁いてきた。


「(今日の佳奈美ちゃんの体調不良の原因は…生理なんですよ…!)」

「……」

せいり…???

せいり…セイリ…sayリ…。

「あっ__」


 やっべ全然やってるわコレ。割とマジで女性にやっちゃいけないことランキング上位レベルのことやってるわ。


 ようやく自分のしてしまったことに気が付き、柊は焦りの気持ちから咄嗟に頭を下げた。


「ご、ごめん…!!本当に知らなくて…!!」

「ううん…!大丈夫だよ!!頭上げて!!」


 まさか自分がそんなやらかしをしてしまう日が来るとは。前世での経験を全く活かせていないではないか。


 そんな悲しい自分という生き物に落胆した柊は佳奈美に頭を上げろと言われても永遠に頭を地に擦り付けた。好きな人を気遣えなかったという後悔を地面に投げ捨てるように。


「本当にごめん…!あ…!もし俺に出来ることなら何でもするから!!」

「えぇぇぇぇ!!??いやいや、そこまでしなくても大丈夫だよっ!!」

「〜〜!!!」


(誰か俺を殴ってくれ!!)


 前世で苦しそうにしている妻の姿を見ていたからこそ、自分がどれだけ失礼なことをしたのかが分かる。だからいっそのこと誰かにボコボコにしてほしいと思ったのだが、今この場にそんなことをしてくれる人はいなかった。というかむしろこちらのことを優しく許してくれるすごく優しい人がいて。


「ほ、本当に気にして無いから…。多分柊くんは本当に気づかなかっただけだろうし、男の子が初めから気づくのは難しいっていうのも分かってるから」

「うう…面目ない…」

「だからね、柊くんは私に謝らなくていいの。私だって、君に謝られたいわけじゃない。それよりも私は、君がいつもみたいに楽しそうに話している姿が見たいな」

「…っ!…佳奈美さん…!」


 相変わらず優しい人だ。優しすぎて、逆に申し訳なくなる。でも彼女はそんな気持ちを向けられるのを望んでいないはずだから、柊は顔を上げて佳奈美の顔を直視した。

 するとそこには苦しそうながらもいつものように笑いかけてくれる佳奈美の姿があって、それを見た瞬間に中の心は暖かさを取り戻した。


「…ありがとう。でも本当に、俺に出来ることがあれば何でも言ってくれ。俺だって、佳奈美さんがいつもみたいに元気いっぱいな姿を見たいからな」

「ふふ、やっぱり君は優しいね」

「そんなことないだろ?なあ、姉さん」

「そんなことありますね」

「マジかよ…俺なんて割と普通だと思うけどなぁ」

「ふふ、柊がそう言うならそういうことにしておきましょうか」


 そんな風に三人はまたいつものように笑い合い、平和な時間が佳奈美の部屋に訪れたのだった。


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