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63 抱擁


「!?何だお前!!」


 男は生徒会長の麗沙(れいさ)に殴りかかった。でもその手は彼女に届かなくて、ある男の手によって止められていた。


「すいません。それは流石に許容できません」


 お男の拳を片手で受けたのは、ただの一般生徒である(しゅう)だった。柊はそのまま男の拳を強く握り、彼に痛みを与えた。


「いでででで!!!ちょ、やめろ!!」

「あ、ごめんなさい。ついうっかり力が入ってしまいました」

「おま__ふざけんなよ!!」


 男は柊から手を引き剥がし、今度はこちらに殴りかかってくる。


「あなた、いい加減にしなさい!!」

「柊…!!」


 男の猛攻をいなしている間に麗沙や背中にいる姉の花音(かのん)から不安そうな目を向けられるが、そんなものは柊の目には入っていなかった。なぜなら今柊は目の前の男との闘いに集中していたから。


「この!!おら!!お前、避けんじゃねぇ!!」

「……」


 こちらからは手を出さないという心のの中の信念を貫き、彼が攻撃が止めるまでは避け続けるつもりだった。でもその行動は思いの外すぐに終わりを迎えることになる。


「ふっ!!!」

「っ__!!??何だお前…!」

「ごめん、待たせたね」

「え、有原(ありはら)…?」


 突然目の前に現れて涼しい顔で男を制圧したのは、柊のクラスの中心人物である有原雄平(ゆうへい)だった。


「雄平でいいよ。俺も名前で呼んでるし」

「あ、ああ…。て、そうじゃなくて!何でお前がここにいるんだよ!」


 雄平とは先程教室で別れたばかりで、てっきりまだ教室にいるものなのかと思っていた。でも実際彼は目の前にいて、不敵な笑みを浮かべている。


「実は教室の窓から君たちが揉めているのが見えてね。それですぐ助けに行こうと思ったんだけど、今回の件にはちゃんとした立場の人がいる必要かあると思って、生徒会長さんを呼んだんだ」


 なるほど。だからタイミングよく麗沙がやってきたのか。コイツ、中々出来るヤツだな。

 そんな風にクラスの代表的な存在に感心している間にも雄平は説明を続ける。


「そしてその時俺も生徒会長さんと一緒に向かおうと考えていたんだけど、彼女から先生を呼ぶように言われてね。それで今ようやく先生を呼んでここに来れたってわけ」


 なるほど…。なぜ雄平がここにいるのかと問うたはずなのに、彼は事の経緯を全て話してくれた。

 それはすごく有り難くて非常に助かるのだが、今はそうも言ってられない状況なんだよな。だって今雄平は、凶暴な男三人組のうちの一人を力で抑え込んでいるのだから。


「っ…!んなのどうでもいいんだよ!!とりあえず離せよ!!」


 抑え付けられている男は声を荒げてもがくが、そうすればさらに痛みは加速していく。


「ごめんなさい、それはできません。でないとまたあなたが暴れるかもしれませんから」

「野郎…!!おいお前ら!!コイツをボコボコにしろ!!」

「っ!!あ、ああ!!」

「任せろ」

「あ、やめておいた方が……」


 男たちは雄平に襲い掛かろうとしていた。でも柊は咄嗟にそな行動はしない方がいいとアドバイスをしてあげてしまった。だがその程度では彼らの行動は止まらなかったので、柊はボソッと彼らの耳に聞こえる程度で注意をしてあげた。


「コイツ…柔道で全国行くぐらい強いですよ…」

「「「え???」」」


 男たちの拳が止まる。直後に雄平に目を向ける。


「まあ、そうですね。一番いい時は全国大会で三位でした」

「「「は???」」」


 男三人は「ウチの柔道部が強いなんて聞いた事ねぇぞ!!」とでも言いたげな表情をしていて、彼らは完全に手を止めた。


 そしてちょうどそのタイミングで教師たちが到着し、男たちを怒鳴り始めた。


「おいお前ら!!何してるんだ!!」

「こっちに来い!!お前らただじゃすまねぇぞ!!」


 彼らは既に麗沙や柊に手を出している。それが未遂に終わっていたとしても、カメラで映っているからには言い逃れはできない。つまり、彼らは間違いなく処罰を受けるという事だ。


 なので柊たちからすれば安心の一言で、彼は安心して胸を撫で下ろした。


「ふぅ…助かった…」


 男たちが先生に連れて行かれるのを見て息を吐いて安心していると、そこに雄平がやってきてジト目を向けられる。


「よく言うね。本気を出せば全員制圧出来ただろう?」

「まさか。俺みたいなただの一般人にそんなことが出来るわけないだろ」

「はぁ…よく言うよ。昔俺のことをボコボコにしたくせに」

「…何のことやら」


 こちとらただの一般人やぞ。と言いたくなったが、それを口にするとちょっとキレられそうなのでやめておく。てか今はそんなことよりも気にすべきことがある。それはずっと背中にいた花音のことだ。


「それより姉さん、大丈夫だったか?」

「あ、はい…おかげさまで」

「そっか。なら良かったよ」

「…ありがとうございます」

「別に感謝なんてしなくていいよ。俺は家族として当たり前のことをしただけだから」

「柊…」


 花音を少しでも安心させるために、彼女に微笑みかける。すると彼女の表情は徐々に明るくなっていき、ついには思い切り抱きついてきた。


「ありがとうございますっ!!」

「ああ…て、ここ学校なんだけど」

「私たちの愛に場所など関係ありません♡」

「えぇ…」


 どうやら元通りの花音に戻ってくれたようで、柊も一安心した。でももう少し、学校から離れてから元通りに戻って欲しかったなどと考えたりもする。


 でもまあ、今はそんなことどうでもいいか。花音がこうやっていつも通り笑ってくれるのなら、弟としてはこれ以上望む事はない。


 柊は胸に埋まる姉の身体を優しく抱きしめた。


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