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61 姉を背に


 佳奈美(かなみ)のことを考えていると授業はロクに頭に入らず、気づけばもう放課後がやってきていた。そこで(しゅう)は早々と片付けをし、颯爽と立ち上がった。


神庭(かんば)香賀(かが)さんのことは頼むね」


 そこでクラスのリーダー的存在、有原雄平(ありはらゆうへい)に声をかけられ、柊はそちらに目を向けて言葉を返した。


「ああ。みんなの気持ちもちゃんと伝えておく」

「ありがとう」

「あと、柊でいいぞ。同級生の男に苗字で呼ばれるのはなんかむず痒いから」

「わかった。じゃあ柊、あとは任せる」

「ああ!」


 柊は少し語気を強めて自分の決意を示し、ササっと教室から出て行った。そして姉と待ち合わせしている校門に早足で向かった。


「ねぇ、あれ…」

「やばっ、神庭さん絡まれてるじゃん」


 でも校門でこちらのことを待っていたのは花音(かのん)だけではなかった。


「ねぇ、やっぱ俺らとのこと考えてくれない?」

「一日だけでいいから!ちょっとだけでいいから時間をくれない?」

「頼むよ〜」


 校門付近では男子生徒三人が女生徒のことを囲い込んでいて、その光景は大勢の生徒の目に留まっていた。でも誰も彼女のことを助けにはいかず、ただ付近で傍観をしていた。

 でも、正直それには納得がいく。なぜなら、花音を囲っている男子生徒は全員運動部でガタイが良く、まるで獣のようなオーラを発していたからだ。そんな人間を三人も相手するなど、普通に考えて恐ろしい以外の何物でもない。


 でもそれはあくまで一般人の感覚だ。今ここに立っている弟という存在からすれば、姉を助けるという行為は三度の食事よりも当たり前な行為で。気づけば勝手に足が動いていて、男三人の前に立ち塞がっていた。


「すいません。あいにく今日は時間がないので帰ってもいいですか?」

「柊…!!」


 背中からは待ち望んでいたような、けれども怯えている声が聞こえてきて、柊は目の前にいる三人の男に対する怒りの気持ちを湧き立てた。でもそれを表には出さないよう必死に抑え、目の前にいる人間と対峙した。


「ん?ごめん、君には用ないから」

「弟クンか?悪いけど、今はお姉さんとお話ししてるからどっか行ってくれない?」

「邪魔なんだけど」


 やはりと言うべきか三人の威勢は変わらなくて、何ならより強くこちらを凝視するようになってきた。


「柊…っ」


 後ろの姉が怯えているのがわかる。それは多分、自分のせいで弟がボコボコにされたらどうしようという不安から来ているものだろう。相変わらずブラコンで過保護で心配性な姉だが、それでも彼女は間違いなく自分の姉だ。家族として愛している人物が怯えている姿など、容認できるはずがない。

 柊は先程よりも目力を強め、さらに言葉にも魂を乗せる。


「すいません。姉が怯えるのでやめていただけませんか?」

「怯える?どこが?」

「寧ろ喜んでるんじゃない?」

「いいから退いて」


 でも相変わらず男たちは引き下がらなくて、花音の不安は大きくなっていっている。


「わ、私は大丈夫ですから…っ。柊は先に佳奈美ちゃんのところに…」


 多分、弟にかっこいい姉の姿を見せたがっているのだろう。でも背中に当てられている手は小刻みに震えていて、目は自然と下を向いている。そんな状態の花音を一人放っておけるわけがない。


 仮に自分がどうなろうと、彼女だけは守ってみせる。そういう思いが募った柊は、咄嗟に花音の手を握った。


「ダメだ。約束しただろ?二人で佳奈美さんの家に行って、一緒に声をかけてあげるって」

「で、でも…!」

「でもじゃない。てかそもそも、どうせ家隣なんだから二人で行ったほうがいいだろ?」

「それは…」


 花音の声には力が無くて、心なしか震えているように感じる。もうこれは、奥の手を使うしかない。花音の恐怖をちょっとした笑みに変えつつ、雲を払えるような一手。できるだけ使いたくなかったが、仕方ないのでそれを行使することにした。


「それに…姉さんがいないと、緊張しすぎて会話できないだろうから…な?」

「え…?」

「わかるだろ…!佳奈美さんの部屋に二人からなんて…流石に心もたないだろ…!」


 花音は柊の佳奈美への気持ちを知っている。だからこそこの周りくどい会話は成立して、花音は少しだけ笑みを浮かべてくれた。


「ふふ…っ。確かにそうですね…。柊みたいな子が、佳奈美ちゃんの部屋に入って緊張しないはずがありませんよねっ」

「…まあな」


 なんか子供扱いされた気がするが、まあ仕方のないことだ。それで花音の心に少しだけ光が見えたのならそれで十分。あとは目の前の問題を解決し、ササっと佳奈美の家に向かうだけ。

 でも思いの外事は上手く運びそうに無く、男たちは先程よりも距離を詰めてきていた。


「なぁ、いい加減にしてくれないか?」

「俺らにも時間ってものがあるんだよね」

「消えてくれ」

「…」


 これは下手をすれば殴り合いに発展しそうな展開だ。まあそうなった場合は全力で正当防衛をするつもりだが、流石に三体一だと部が悪い。なので最悪武器を使う事も視野に入れて目の前の大敵と対峙した。


「ごめんなさい。皆さんの期待には応えられません」

「何だと__」

「やめなさい!!!!!」


 男が怒りに身を任せて殴りかかってきそうになった時に大声を上げて場を静止させたのは、花音の友人であり生徒会長である四宮麗沙(しのみやれいさ)だった。


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