58 何があった?
ある日いつものように家を出ると、そこに佳奈美の姿はなかった。
「あれ、いない」
「珍しいですね。いつもは私たちが家を出た時にはもうそこにいるのに」
不審に思った柊と花音は隣の家を見ながら考察を始める。
「今日は寝坊か?」
「その可能性はありますね。それと、単純に熱が出たとか」
「ん〜…。どちらにしろ心配だな」
「そうですね」
いつもは元気そうに挨拶をしてくれるのに、今は彼女の姿すら見えない。それに不安を抱いた二人は目を合わせ、どうすべきかを考えた。
「どうする?このまま連絡だけ入れて先に行くか?」
「時間的にはまだ大丈夫なのでもう少し待ってみる手もありますが、私としては一度インターホンを鳴らしてみたいですね」
「そうだよなぁ…」
仮に連絡だけ入れても熱があるなら返信は来ない。それは逆に二人の不安を煽るだけなので得策ではない。少しだけ待つという決断をしても、寝坊なら結局佳奈美が来ることはなくてまた不安が高まる。よってこの手段もダメだ。
なら最後に残された方法は一つ。
「ま、一旦インターホン鳴らしてみるか。確認取れないと流石に不安になる」
「ですね。じゃあ行きましょうか」
てなわけで二人は隣の家の前まで歩き、そして家のインターホンを鳴らした。
【は〜い】
数秒後に聞き覚えのある声が聞こえてきて、柊はそれに言葉を返した。
「あの、佳奈美さんいますか?まだ来てないみたいなんですけど…」
【あ、ちょっと待ってて!今行くから!】
「はい、わかりました…」
…これ、どっちだ?
前に家で佳奈美とその母の楓が会話しているのを聞き比べ、二人の声がとんでもなく似ていることが発覚した。そのためインターホン越しではどちらの声か判別できず、心には謎の緊張が生まれた。
でも花音は楓の声を聞いたことがないため、何の緊張も湧いてなくて、何なら安心したように胸を撫で下ろしている。
「元気そうでよかったですね。今日はたまたま準備が遅れたんでしょうか?」
「それはまだまだわからないぞ…」
「まあ確かにそうですけど、でも一応元気そうでしたから今日は学校に行けそうですね」
「いや、そうじゃなくて…」
「???どういうことですか?」
柊はインターホンの主がどちらかわからないということで花音の言葉に否定的な意を示すと、花音は頭の上に?を浮かべた。でもそれは当たり前なので、柊はちゃんと説明をしようとした。
「だって__」
「ごめんね〜。待った?」
「え__?」
その時、佳奈美とほぼ同じ声をした母が出てきて、花音は目を見開いた。
「お母様…ですか…?」
「あ、うん。佳奈美の母の楓だよ」
「どうも…。私は柊の姉の花音です」
「ふふ、これはご丁寧に。花音はちゃんのことはよく娘から聞いてるわ。柊くんのことをとことん愛しているそうだね」
「はい。もちろんです。」
「即答すんな」
(てか佳奈美さんは楓さんに俺らのこと話してんのかよ!!??友達の親に知られるとか恥ず過ぎるだろ!!)
気づけば少しずつ花音のブラコンっぷりが広まっていて、いずれ学校中に広まるのではという被害妄想が加速してしまう。
(佳奈美さんは今日中に口封じしねぇと…じゃないと大変なことになる…っ!!)
一旦食べ物で釣ってみるか。そうすればうまく口封じできるかも?いや、今はそんなことはどうでもいいか。とりあえず佳奈美の様子を確認しないと。
「楓さん。佳奈美さんはどうしたんですか?いつもなら俺らより先に準備を済ませているはずなんですが…」
「あ、そうだったね。実はね…」
途端に楓の表情は暗く曇り、頬に手を当てながら重そうな口を開いた。
「佳奈美が…熱を出したの…」
「「え…??」」
二人の心臓は止まる寸前だった。
「佳奈美さんが…熱…?」
「だ、大丈夫なんですか!?」
「うん、症状はそこまでって感じだから大丈夫。熱もすごく高いってわけじゃないんだけど、念のために今日は学校は休ませようと思ってる」
「そ、そうなんですね…」
まさか佳奈美がそんなことになっていたなんて。全然気づかなかった。昨日までは普通だったはずなのに、急にどうしたんだろうか。原因が気になって仕方なくて思わず楓に聞きそうになったのだが、そこで花音が何かを察したようにこちらを手で静止し、楓に小さく頭を下げた。
「今日は突然ごめんなさい。多分、佳奈美ちゃんの看病の邪魔をしてしまいましたよね?」
「いやいや!そんなことはないよ!!」
「そう言っていただけるならありがたいです。それより、もしよかったら放課後お見舞いに来てもよろしいでしょうか?」
「うん。きっと佳奈美も喜ぶと思うから、お願いするね」
なんか気づけば話がまとまっていたが、まあいい。佳奈美のことは心配であるが、とりあえず学校に行かないと。そう考えているのは花音も同じで、彼女は早々に楓と別れを告げた。
「それでは、一度失礼致します。また、放課後にお邪魔しますね」
「うん。それまで佳奈美のことは私が看ているから安心してね」
「はい。お願いします」
「ま、また後で…」
サッと後ろに歩いていく花音の背中を、柊は慌てて追いかけた。




