56 緊張
一限目の授業が始まり、クラスメイトたちは静かに授業を受けていた。でもその中で一人だけが話を全然聞いていなくて、彼は隣の席の美少女をチラチラと見ている。
(…やっぱり綺麗だな…)
ウブな少年、柊は隣の席にいる佳奈美に好意を寄せていて、今もその綺麗な目や鼻、あるいは髪を見ていた。
(俺、マジで佳奈美さんのこと好きなんだな…)
こうして彼女のことを見ているだけで胸が高鳴る。それは普通の女友達に向けるものではないことを柊は知っていた。
(まあ、それには佳奈美さんがクロエにしか見えないっていうのも含まれているんだろうけど)
クロエ。柊の前世の妻で、今でも愛している人物。
柊は彼女にだけ抱く感情をたくさん持っていて、それは今佳奈美に向けているものでもある。つまり、柊は佳奈美のことを完全にクロエと認識していることになる。
(いやでも、今は目の前にいる佳奈美さんと向き合うべきか。クロエかどうかなんてどうせ考えてる暇ないし)
正直、今視界に入っている少女が可愛すぎて脳が回らない。彼女の真剣に授業を受けている綺麗な瞳を見るだけで胸が躍り、そこから少し引いて顔を見ると白くてきめ細やかな肌が輝きを放っていた。やはり、これはダメだ。こんな人が近くにいると考えただけで脳が狂いそうになる。
(これワンチャン見ない方が良くないか…?マジで授業頭に入らねぇ…)
それはわかっている。多分このままだと佳奈美に気づかれるし、いつか何かの間違いで告白してしまいそうだ。だから早く前を向いてちゃんと授業を受けたいのに。でも目は全然言うことを聞いてくれなくて、次第に佳奈美のことをガン見するようになっていた。
その時、佳奈美がふとこちらを向いてきたので目が合ってしまった。
「「あっ」」
その瞬間に頬が赤くなるのを感じて咄嗟に顔を逸らそうとしたが、やはり言うことを聞いてくれない。なのでずっと目は佳奈美の方を向いていて、結果的にガン見していることになってしまっている。ということは、佳奈美の頬が赤くなっている原因も多分それだろう。
「(えっと…どうかした…?ずっとこっち見てるけど…私の顔に何かついてる…?)」
佳奈美は恥ずかしそうに囁いてきて、それはもう柊の男心をくすぐりまくっている。
(っ__!!その顔ヤバすぎる__!!)
佳奈美を好きな側からすればその表情は破壊力抜群で、柊の脳は破壊寸前まで行ってしまう。でもそこでなんとか持ちこたえ、なんとか佳奈美に言葉を返した。
「(いや、別に何もついてないよ…)」
「(そうなの…?ならどうして私のこと見てたの…?)」
「(それは…)」
何もない。と言いたいところだ。でもそれを言うにはもう遅い。なぜならすでにとてつもない時間彼女に熱視線を送っていたからだ。
と、いうわけでこちらに逃げ場は無くなってしまったわけだが、とりあえず何か言わないとこの雰囲気が悪化するだけなので思いついたことを言ってみる。
「(き、綺麗だなって思ってな…)」
「…!!??」
あ、違うそれ本音や。確かに思っていたことではあるけども。そっちは言ったらダメな方や。
「(いや、えっと、今の違くて__)」
「(あ、ありがとう…)」
あれ、なんか思ったよりも反応がいいぞ。さっきよりも顔が真っ赤になってるし、目線は色んなとこを彷徨っている。その姿はまさに、好きな人に褒められて嬉しい恥ずかしがっている乙女のようで…。
(いやこの反応はなんだ!?恥ずかしがってるだけなのか!?それとも喜んでるのか!?いやでも仮にそうだとしても友達として喜んでるだけだよな…??)
流石に佳奈美ほどの美少女に好かれているなんて妄想が過ぎるか。でもどうしてもそう信じたい感情が心のどこかに合って、柊の胸は期待と悲しみで埋まる。
(ん〜…いや、あんまり考えない方がいいな。多分悲しくなってくるわ)
仮に彼女がクロエだとしても、向こうがこちらを元夫だと認識しているかはわからない。なので好かれているかそれとも友達だと思われているかはわからなくて、多分考えれば考えるほど友達だという結論に近づいてしまう。そんなことになってしまうと流石に泣き崩れてしまうため、考えるのを放棄して目の前の美人を見ることに集中した。
「(ねぇ…そんなに見られると恥ずかしいんだけど…)」
でも今度はすぐに気づかれてしまい、彼女は下を向きながらチラチラとこちらに目を向けてくる。それに対して柊はまた(可愛過ぎるっ__!)という感想を抱くが、今度はすぐに目線を逸らすことに成功する。
「(ん!?あ、ああ…そうだよな…ごめんごめん。授業に集中しないとな…)」
今度こそ前を向き、黒板に目を向けた。でもそこに書かれているは全く目に入っていなくて、先程の佳奈美の表情だけが目に映っている。
(やっぱ破壊力がエグ過ぎる…。こんなに緊張したのいつぶりだ…?)
そこで柊の頭にはクロエとの日々が浮かんできた。それはクロエとまだ付き合い始める前のことで、彼女を好きだと気づいた次の日から毎日のように緊張しまくっていた。その時の感情はは今も色褪せることなく魂に残っていて、柊はやはり彼女こそがという考えでクロエと佳奈美の姿を重ね続けた。
あ、ちなみにだが、授業は一ミリも聞こえなかった。




