53 恋の気持ちは
「はぁ…何とか逃げ切った…」
夜になっても姉の花音からは追いかけ回されていて、柊はは逃げるようにして家を出た。そして少し離れた場所にある公園まで行き、薄暗い場所にあるベンチに腰をかけた。
「ったく…結局全然大人になってないじゃないか…」
自分は大人だ、弟離れするとか言っていたのに実際はその逆で、今まで以上に弟をつけ回すようになっていた。相変わらず、柊が関わってくるとどうにも性格が変わるんだよなぁ…。
まあそこが花音の良いところでもあったりする。普通の姉弟なら、そろそろ全く口を聞かなくなってくる時期でもあるだろうから、こうやっていつまでも親しくしてくれるのには安心感が持てる。今日みたいに相談したい時に相談できそうな相手がいるというだけでも心は楽になるものだ。
でも花音に抱く思いは安心や暖かさだけでなくて、たまに恐怖や呆れを抱くこともある。まあその原因は愛が重すぎるだけなんだけど。
(やめだやめ。もう姉さんのこと考えるのはやめよう。じゃないと俺の心がもたねぇ…)
多分これからもずっと重い愛を押し付けられることになるのを想像すると、背筋が凍りそうになるから花音のことは頭を振って忘れることにした。
そしてそんなことよりも大切なことを頭に浮かべ始めた。
「佳奈美さん…かぁ…」
柊の頭の中は佳奈美の笑顔で埋め尽くされ、心臓の鼓動は大きくなっていく。
「俺…好き、なんだよな…?佳奈美さんのことを…」
自分でもついさっき気づいたことだから少しあやふやである。けれども心は大きく昂っていて、それが自分の気持ちに何度も気づかせてくれる。
「あはは…まさかこの世界で本当に人を好きになるとはな…。マジで信じられねぇ…」
正直、今世で恋愛ができるかどうかは賭けだった。それは元嫁のクロエ以外は好きにならないという決意のせいでもあり、そもそもクロエがこの世界にいるかどうかもわからなかったから。
なのでこの世界で人を好きになることなんて一生ないと、考える日もあった。でも今実際に魂が彼女のことを好きだと叫んでいて、予想外の気持ちにかなり驚いている。
「前世でも恋はしたのに…まるで初めての恋みたいだな…」
一度恋をすれば、その初めての感覚は永遠に味わえない。そう思っていたのに、柊は今初恋のような感覚を味わっていて、心の奥から熱のようなものを感じている。
「ま、それも悪くはないんだけど…。でもこのままだといつまでも勇気を出せる気がしねぇ…。前世ってどうやって気持ちを整理したんだっけ?全然覚えてないんだけど…ちゃんと告白したんだから何かあったんだろうなぁ…」
まああの時はほぼ暴走で告白をしたようなものだから、気持ちの整理もクソもないと思うけど。
「…我ながら結構スゲェな…。勇気出して告白して、ちゃんとオッケーも貰って…。今の俺にできる気がしねぇ…」
仮に暴走であったとしても、勇気を出して告白をする決断をしたのは事実。そしてそれをちゃんと最後までやり遂げ、クロエと付き合えることになったのも事実。それは今考えても素直に凄いことだと思うのだが、それは本当に自分がしたのかどうかわからなくて怖い。
だって仮に自分がしてたのだとしたら…それってメッチャ凄くね…??だって、好きな人に好きだって伝えるんだぞ??そんなの一生分の勇気を振り絞っても無理だ。
「…俺、いつの間にこんなにウブになってたんだ…?」
自分で言うのもなんだが、佳奈美なら確実にオッケーをしてくれるだろう。まあそれは佳奈美がクロエだった場合なのだが、それは自分の中で確定しているようなものなので一旦置いておいて。
それよりも、自分の勇気のなさに驚きを隠せない。例えるなら、勝てるとわかっている勝負にすら挑めないクソチキン野郎と言ったところか。そのぐらい柊の心は若く(?)なっていて、これが思春期というものなのかと自覚し始める。
「前世で散々恋愛は経験したはずだろ…?いや相手は一人しかいなかったけど…。でもそれでもクロエとできることは全部したはずだ。ハグもキスも毎日してたし、デートも毎週してたし。それから夜には…毎回朝が来るまで愛し合っていただろ…?」
自分で言うのもなんだがクロエとの関係はかなり、いやとてつもなく良好だった。普通の夫婦なら倦怠期やら離婚やらの話が出てくる歳が近づいてきても、毎日のようにに愛を囁いていた。そんな誰もが羨むような恋以上のことを散々経験してきたはずなのに、柊はただの「好きだ」という気持ちに大きく胸を高鳴らせていた。
「……なんか、考えても無駄な気がしてきたな。前世でどんな経験をしていようが、今抱いている気持ちが真実か。なら俺は俺なりに、リオじゃなく柊として佳奈美さんへの気持ちに向き合うべきか」
色んなことを考えたが結局柊はそのような結論に至り、強張っていた顔や身体の力を抜いてベンチに身を預けた。
「…今って、こんなに暑かったっけ?まだ春だよな…?」
全身で夜風に当たりながら、春の息吹に声を上げる。その風はいつもよりもやや冷たかったはずなのだが、恋の温度には敵わなかったようだ。




