51 友達と異性
花音の「柊は佳奈美ちゃんのことが好きなんですか!?」という質問に、柊は答えることができなかった。でもその沈黙は肯定を意味していることを花音は知っていて、花音は困惑した表情でこちらに迫ってくる。
「嘘、ですよね…?あはは…柊ったらもう、冗談が上手なんですからっ」
「…」
「柊…?何か言ってくださいよ…」
花音の声には驚きや困惑、さらには焦りや悲しみが混じっていて。流石の柊も心苦しくなり、花音の言葉に返答をした。
「正直…俺もよくわかってないんだ…。佳奈美さんのことをどう思っているのか…」
「…そう、なんですね」
重くて暗い空気がリビングに流れる。
「…ねぇ、その話、お母さんも混ぜてくれる?人生の先輩として、相談に乗りたいわ」
流石に黙っているだけでは気まずいと感じたらしい母の沙也加がこちらにやって来てソファに腰を下ろし、話の中に入ってくる。
「まず聞きたいんだけど、柊は佳奈美ちゃんを友達としては好きなのよね?」
「ああ…そうだな」
「でも異性として好きと思っているかどうかはわからない、ということよね?」
「まあ、そんな感じだな」
沙也加はいつもみたいにふざけるわけでもなく、真剣に相談に乗ってくれる。
「恋愛には色んな形があるから、そういう友達としての気持ちから異性としての気持ちに変化することもあるの。だかららもし今佳奈美ちゃんへの気持ちが友達としてのものかわからなくなっていっているのなら、それは異性として見始めているかもしれないということよ」
「…そうなのか」
柊の「友達として好き」という気持ちはどちらかと言えば過去形の話で、沙也加の話に当てはまる状態だった。だから柊は自分のこの気持ちが恋なのでは無いかと自覚し始め、不意にクロエのことを頭に浮かべた。
(やっぱ…クロエなんだな)
ただ頭で考えるだけで心が大きく揺れ動く人物なんて、この二人しかいない。ならおのずと二人が同じ人物であることになり、柊は佳奈美こそがクロエであると確信した。
(やっと見つけた…俺の最愛の女の子…)
この十五年間の疲れや苦悩が一気に吹き飛び、心には一つの太陽が昇った。それは柊の暗くて曇った空を晴らし、希望の光を柊に浴びせた。
(俺は佳奈美さんのことが好きだ。間違いなく、異性として好きになってる)
もう心には何の疑いもなく、彼女のことを好いていることを確信した。すると心臓の鼓動は速くなり、期待と希望で脳が満たされる。
「…ありがとう。なんか、わかった気がする」
「そう?それなら良かったわ。これぐらいで自分の気持ちを整理できるだなんて、柊も成長したわね」
「そうかな…」
「そうよ。だって私、柊の気持ちの整理がつくのにあと一時間ぐらいかかると思っていたもの。そんなに長時間になると何を言えばいいかわからなくなるかもしれないからって、必死に言葉を考えていたのよ?」
沙也加は少し不満を漏らすようにそう言ったが、心の底から笑みを向けてくれていて。それを見て嬉しくなった柊もぎこちないが笑みを作り、冗談っぽく謝ってみた。
「あはは…なんかごめん」
「ううん、別にいいのよ。あなたが自分の気持ちに気づけたのなら」
「…え???もしかして母さん…」
なんか沙也加の言葉に含みがあるように感じた柊はそれについて聞き返した。その直後、沙也加はニコニコと笑いながら説明をしてくれた。
「ふふふ、私は前から気づいていたわよ?」
「え、マジで…???」
「ええ。だって柊が佳奈美ちゃんのことを話す時、毎回嬉しそうに笑っているもの」
(え…マジで…?)
全然気が付かなかった。自分でも佳奈美への気持ちに気づいていなかったのに、なぜか前から表情だけは佳奈美への好意を示していたらしい。
なんか、恥ずかしいな。これじゃあまるで…
「初恋の人を考えながら話しているみたいで、とても可愛らしかったわよ?♪」
「……」
恥ずっ…。
こんなことが親にバレるなんて、マジで今すぐこの場から消えたい。でもそんな行動ができるほどの余裕は心になくて、ソファにもたれかかりながらカノンに目を向けた。
「……」
予想はしていたが、花音はやはり落ち込んでいるように下を向いていた。彼女は昔からこちらのことを独占してようとしていたから、当然の反応だ。だからどう慰めたらいいのかわからないが、そこはやはり親に頼るしかなさそうだ。
「なあ、母さん」
「ええ、わかってるわ。花音、こっちにおいで」
「??…はい…??」
なぜ自分が呼ばれたのかわかっていない様子の花音は頭の上に?を浮かべながら沙也加の近くに行った。そして直後に沙也加に抱きしめられ、頭を撫でられている。
「えっと…これはどういう…?」
「別に、無理しなくていいのよ?あなたはお姉ちゃんとして、今まで立派な姿を見せてきたもの。だから今ぐらい甘えたって、多分何も思われないわよ」
「???」
花音は本気で何のことかわかっていないようで、完全に困惑している様子だった。
「一体何のことでしょうか…?私、何かしましたかね…?」
「あら、もしかして本当に柊と佳奈美ちゃんのことに何も思っていないの?」
「えっと…はい…」
花音は落ち込んで動けなくなるのではという二人の予想は完全に外れていて、むしろ喜ばしいとすら思っている様子だった。




