50 好きなんですか?
「それで、佳奈美ちゃんと何をしていたんですか?」
「…」
佳奈美の家を去った後、柊は少し散歩してから家に帰り、リビングでゴロゴロしながら考え事をしていた。すると友人と遊んでいた姉が家に帰って来て、鬼のような形相で今日のことを問い詰められる。
「ちゃんと話してくれますよね?そもそも今日はそういう約束のはずですから」
「ああ…」
花音はブラコンすぎるが故に、柊のことを完全に束縛している。なので本当は今日も自分が行けないからと言って佳奈美とのお出かけは許してくれなかったのだが、そこで柊が執念の説得を見せたため、条件付きで許してくれることになった。そしてその条件の一つが、今日あったことを全て正直に話すことだった。
なので柊に拒否権などあるわけがなく、柊は正直に全てを話すことにした。
「えと…まずは予定通りカフェに行ったよ。そこで佳奈美さんと店員さんが仲良くなったり、来週からもまたこの店に来ようって約束したり…?って感じだな」
「ふーん…そうなんですか」
なぜか花音はこちらの顔を覗きながら眉間にシワを寄せていて、何かを疑っている様子だった。でも全部ちゃんと話したから疑われるようなことなんてなくて、柊は油断してしまった。そこで花音は何かに勘づいたように眉を顰め、こちらに質問を投げてくる。
「まだ全部話してないですよね?」
「あ、ああ。そうだな…。えっと、カフェに行った後は__」
「そうじゃなくて、カフェでのことです」
「え?」
花音の言っている意味がわからない。カフェでの出来事なら大体さっき話したはずなのに、なぜそこをまだ追求してくるんだ?別に嘘なんてついてないし、全部話したはず…。
あ。
「何か、言うのが恥ずかしいことをしたのではないですか?例えば佳奈美ちゃんが柊のケーキを見ながら「食べてみたいなぁ…」なんて言って、柊はそれに抗えなくなって間接キスをしてしまったとか」
「………」
え、なんでそんな具体的に知ってんの?????
もしかしてあの場に居た???
そう勘違いしてしまうぐらいに花音の推測は完全に合っていて、柊は思わず花音に恐怖を抱いた。それが花音の発言を肯定したと捉えられるとも知らず。
「図星ですか…。はぁ、全部話してくださいって言いましたよね?」
「ご、ごめん…。マジで忘れてたわ…」
「??…なぜですか?柊にとって間接キスは結構印象深い出来事だと思っていましたが…。もしかしてそれよりも濃い出来事が後で起こったとか…?」
「!!!」
あ、しまった。つい反応してしまった。相変わらず花音には嘘がつけないんだが、いい加減ポーカーフェイスというものを覚えないとな。
だって…そうしないとそろそろ花音への心のダメージが大きすぎるから。
「し、柊…???あなた一体…佳奈美ちゃんと何をしたんですか…???」
花音の目は光を失っていて、精神的にもかなり気力が損なわれている。なので今の花音はまるで未練がましい亡霊のようで、柊の身体は反射的に逃げてしまう。
「い、いや…何も…?」
「柊…???」
「…佳奈美さんの家に行ってました」
「!!!!????」
花音の目力に押されてしまい、とうとう禁断の言葉を発してしまった。そうなると流石の花音でも冷静さを失い、困惑や衝撃などさまざまな感情が入り混じったように慌てて言葉を発し始めた。
「ままままさか柊が私より先に佳奈美ちゃんの家にお邪魔するなんて…!!!ずるいです!羨ましいです!」
「いや別にずるくはないと思うが…多分姉さんも佳奈美さんに言ったら中に上げてくれると思うぞ?」
「そういう問題じゃありません!初めて佳奈美ちゃんの家にお邪魔する時は柊も初めてで一緒にソワソワしながらお邪魔したかったんです!!」
そうきたかぁ…。それはちょっと、もう叶えてあげられないなぁ。
こちらとしてももうどうすることも出来ない話なので特に解決策を言うつもりはなかったのだが、ここで黙ったら拗ねられそうなので適当に案を出してみる。
「ん〜…なら来週にでも一緒にお願いしてみるか?ちょっと迷惑かもしれないけど…」
「それも悪くないんですけど…やっぱり柊はわかってないですねっ」
「えぇ…」
相変わらず花音を制御するのは困難で、柊も完全にお手上げ状態だ。なのでもう何も言えなくなってしまい、花音はブツブツと文句を漏らし始めた。
「それだと柊はは初めてじゃないから緊張しないじゃないですか…。私だって佳奈美ちゃんと友達なのに、柊だけ特別扱いされてるみたいでずるいです」
「……」
ガキか。
と反射的に思ったのだが、それを口にしなかっただけすごく偉い。もしそれを言おうものなら、多分花音は一週間ぐらい口を聞いてくれなくなる。でも柊はちゃんと口を慎んでいたので、花音はただ一人で文句を言うだけの人間になった。
「やっぱりアレですか?同性よりも異性の友達の方を優先したいって感じですか?」
「いや佳奈美さんにそんなつもりは絶対に無いと思うが…」
「じゃあ何ですか?柊は佳奈美ちゃんのことが好きなんですか!?」
「えっ__」
突然とんでもない言葉が飛んできて困惑してしまう。でもそれも無理はなくて、柊は心のどこかで図星を突かれたようにドキッとしていたから。
でも流石は超絶ブラコンお姉さん、この反応の正体に勘づいてしまっている。
「え…もしかして柊…本当に佳奈美ちゃんのことを…?」
「…」
柊の口は否定を出せず、気づけば首は縦に動きそうになっていた。




