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5 過去と今の始まり


「私たち、どこかで会ったことがある?」


隣の席に座った少女が放った発言に、(しゅう)は思わず一瞬目を見開いて驚きをあらわにした。


(どこかで会ったことが…!?それってつまり…)


どこか、というのは捉え方によっては前世と考えることもできるため、柊はやはりこの少女こそが今まで追い求めてきた人物なのかという疑問を抱いた。


(質問の仕方もなんとなくクロエっぽいし…もしかして、本当に君なのか…??)


大きく跳ね続ける心臓の鼓動を無視し、思考を巡らせていく。


するとやはり彼女がクロエなのだという確証が高まっていき、柊の気分は一気に上昇していった。


(ようやく見つけ出せた…)


柊は言い表せないほどの達成感を拳で噛み締めつつ、隣の少女に向かって優しく微笑んだ。


「俺たち、ぜんs__」

「は〜い、みなさん席についてください」

「っ…」

「あー…」


その瞬間に教師が教室に入ってきてクラスメイトが一気に静まり返ったため結局言葉を伝えられず、二人ともが解消しきれないような思いを背負って前を向いた。


(…まあいいか。今のうちに冷静になって考えてみるか)


柊は教師が前で何かを話していることも無視して一人で考えをまとめることに集中し始め、まずは隣の少女とクロエの共通点について考えることにした。


(まず、この人とクロエの共通点は…話し方?とかか。あとついでに身振りとかもなんとなく似ているような気がする)


柊は隣の少女をチラチラと見つつ彼女とクロエの似ている点を探してみるが、そうすると二人に共通点はほとんどないことに気づいた。


(あれ、もしかしてこれだけ…?他に何か似ているところは…特にないな。あれ、やっぱり俺の勘違いか?見た目だってやっぱり似てないしそもそもクロエは学校みたいな注目を集めやすい場所に行くのにこんなに気合を入れた格好をして来ないしな…)


柊から見て隣の少女は今日かなり気合を入れて髪やメイクを整えて来ているように見え、あまり目立つのが得意ではないクロエがそんなことをしないだろうという結論に至った。


もうそんな考えになってくるといよいよ隣の少女とクロエを結びつける理由も無くなり、先程の胸の鼓動はなんだったのかと疑い始めた。


(やっぱクロエではないな…でもそれにしてはさっきの俺の反応は大袈裟すぎやしないか?このままだとただの美人に少しでも心を動かされてしまったことになるぞ)


柊はクロエ一筋のため他人に目を向けるつもりは一切ない。


仮に世界一の美女と呼ばれる存在が目の前に現れたとしても全く心が動かない自信があるほどだ。


そのため先程彼女を見て心が大きく揺らいだことにこれ以上ないほどの違和感を感じ、今後のためにもそれについてしっかりと分析をする。


(でもさっきはなぜか彼女がクロエに見えたんだよな…なんというか、魂の結びつき?みたいな感じだったな)


柊自身も一体何を言っているのかわかっていないが、それほどまでに先程の感情は衝撃的だった。


そのため柊はまだ彼女がクロエである可能性を排除しきれないが、それでも一つの結論を導き出した。


(でもまあ、とりあえず今のところこの人がクロエである可能性は低いな。変なこと言って嫌われるのも嫌だし、余計なことはしなくていいな)


とりあえずは初めましてという感じで接することを心に決め、柊はようやく顔を前に向けて先生の話を耳にした。


「それでは入学式の説明を終わります。何か質問はありますか?」


…遅かったか。


最後に先生がまとめてくれた部分さえ聞いていればなんとかなると考えていたのだが、それは思いの外早く訪れていて、結局柊は入学式について何も知ることなく体育館に向かうことになった。


「それではみなさん、体育館に行きますので廊下に並んでください」


(ま、なんとかなるか。適当にやり過ごそう)


そんな甘い考えを胸に立ち上がり、廊下に並ぼうと横を向くと隣の席に先程話しかけてきた少女の姿はなく、柊の頭にはモヤモヤが溜まり続けた。


(もういなくなってる…なんか、あの話に決着つけないと落ち着かないな…)


もし彼女の質問に対して否定を返すとどのような表情をするのか、もしかするとそれによって彼女を悲しませるかもしれないという心の憂いが柊の心を苦しめるが、今それを解消する術はないため諦めてモヤモヤを抱えたまま入学式に望むことにした。


それから数十分後、体育館で様々な人の視線を浴びる中、柊たちは新たな門出の道を歩いた。


すると優しい笑顔でこちらを見つめている父と涙をハンカチで隠しながらチラチラと見てくる母の姿が見えたが、気恥ずかしくてあまりそちらを向かずに前に進んだ。


そしてその後指定された席に座り、いよいよ柊たちの運命の高校生活の幕開けの入学式が始まった。


様々な来賓の方からの言葉や校長先生のありがたいお話などが長々と続いたが、もちろん柊はそれらを全く耳に入れずにぼーっと虚空を眺めていた。


(…暇だ)


とうとうそのようなことを思ってしまった柊は思わず目を閉じて数時間の眠りについてしまいそうになるが、瞼が閉じられた瞬間に高校の入学を誰よりも喜んでくれた両親の先程の表情を思い出し、すぐに姿勢を整えた。


(流石に、今日ぐらいは立派な姿を見せとかないとな。多分二人はそれだけで喜んでくれるだろうし)


親のことをよく知る柊は二人の単純さも知っていて、二人は普通のことを普通にこなしただけでもあり得ないほど喜んでくれる。


正直親バカだろと思う時もあるが、今まで育ててくれた分こういうところで親孝行をするべきだという思考が睡魔に勝り、結局柊は姿勢を正して少しだけ入学式に集中することにした。


【新入生代表挨拶。新入生代表、香賀佳奈美(かがかなみ)さん】


柊はちょうどその声が体育館に響き渡る頃に耳を傾け始め、そしてその耳には少しだけ聞き覚えのある声が入って来た。


「はいっ!」


美しくも華やかで、そしてかなりの落ち着きを保った返事。


しかしながらその声の中には少しだけ緊張が混ざっているが、彼女は自信を持って胸を張っていた。


(あれ、もしかしてあの人が…?)


堂々と立ち上がって可憐な歩き姿を披露し始めた彼女を見た柊は驚きで目を見開き、先程までこちらの思考を埋め尽くした彼女に対して羨望の眼差しを向けた。


(すげぇなあの人…やっぱり俺なんかは釣り合ってないな。でもクロエと俺は結ばれたから釣り合ってるはずだから、流石にクロエと彼女は別人だな)


正直言って前世でも釣り合っていたかどうかについては疑問符が残るのだが、流石にあの立派な彼女の可憐さを目にすると自分が完全に劣っていることを思い知らされ、彼女とクロエは絶対に別人だという結論に辿り着いた。


そのため柊は彼女への視線を改め、これからはどれだけ上手くいっても友人までで止めることを決意し、同じ学年の代表である()()の言葉に耳を傾けた。


【暖かな春風に包まれ、草木は私たちと共に咲き誇り始めたこの素晴らしき日に、私たちの入学式を……】


全校生徒の視線を浴びてもなお堂々と言葉を放ち続ける彼女はとても美しくて、まるであの時のクロエのような風貌を感じさせた。


【春の風が私たちを包み込み、生い茂る草木が新たな命を芽吹き始めた今日この日に、私たちの入学式を……】


あれはクロエを初めて見た日のこと。


彼女の表情はどこまでも真っ直ぐで自信に溢れていて、けれどもその瞳の奥底には緊張の二文字が聳え立っていて。


そんな美しくも影でもがき続けていた彼女に目を奪われ、リオは彼女と結ばれたいと思うようになった。


柊は不意にそのことを思い出してまた彼女とクロエを重ねるが、そこで先程出した結論を思い出した。


(いやいや、流石に違うって。さっきも思ったけど、普通の俺とは不釣り合いだって)


だが柊はそれを考えるばかりであることを忘れていた。


あの時のリオも同じように彼女とは釣り合わないと感じていて、それでもリオは努力を重ねて彼女と結ばれたということを。


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