47 親子
二人は料理を食べ終え、テレビを見ながら夕方のひと時を過ごした。そしてとうとう日が暮れて里帰り真っ暗になった頃、二人きりだった家にはある人物が帰ってきた。
「ただいま〜。佳奈美?誰か来てるの?」
その人物は佳奈美に問いかけながらリビングに入ってきて、直後にこちらに視線を向けてきた。その瞬間彼女は驚いて目を見開き、両手で口元を押さえた。
「え!?もしかして、神庭さん…!?」
「はい。お邪魔してます」
彼女は佳奈美の母の楓だ。
楓とは一度だけ会ったことがあって、それは彼女らがこっちに引っ越してきた日のことだ。その日柊は暇だからお隣である楓たちの引っ越しを手伝い、そこで少しだけ仲良くなった。なので楓も柊もお互いの顔を覚えていて、楓は驚きつつも嬉しそうにこちらにやってきた。
「いらっしゃい。ゆっくりしていってね!」
「はい、ありがとうございます」
「そういえば、この前のお礼がまだだったよね?ちょうどいいし、今日たくさんおもてなしさせてくれない?」
「は、はあ…」
別に礼などいらないと何度も言ったのに、楓は少し強引にでもお礼をしようとしてくる。
「まずは…いい時間だしご飯にする?神庭さんお腹空いてる?」
「あ、柊でいいですよ。年上に苗字さん付けで呼ばれるのはなんかむず痒いんで。それと、晩御飯なんですが__」
「私たちはもう食べたよ?」
「え?」
まあ当たり前のことだが、楓が柊と佳奈美で料理をして食べ終えていることなど知るはずがない。なので楓は驚きと疑問の表情を浮かべ、追加で佳奈美に質問をした。
「食べたって…外で食べてきたの?」
「ううん、うちで食べたよっ」
「うち…?何かをテイクアイトしたの?」
「ううん、二人で料理したの」
「りょうり…料理!?」
なぜかはわからないが楓はまた驚きを露わにし、佳奈美に尋問をし始めた。
「え!?柊くんと二人で料理したの!?」
「うん」
「何を作ったの!?」
「ハンバーグ」
「美味しかったの!?」
「うん」
なぜか質問が単純すぎるが、佳奈美はサラッと事実を楓に伝えた。すると彼女はは一旦落ち着き、佳奈美に微笑みかけた。
「そっか〜。そうなんだ〜。すごく楽しそうだね〜」
「うん、楽しかったよ」
「ふふ、ならよかった。柊くんも、ありがとうね」
「え?いや、俺は何もしてませんよ。俺はただ、佳奈美さんに迷惑をかけてばかりで……」
柊は遠い目で明後日を見た。すると佳奈美もそれに便乗して苦笑いを浮かべた。
「あはは…確かに色々あったけど、楽しかったから大丈夫だよっ」
「そっかぁ…でもごめんな?本当に…」
「い、一体何があったの…」
明らかに先程とは違う柊の申し訳なさそうな態度を見て楓も何があったのか気になるようだが、それを説明し始めるとかなりの時間が経ってしまうのでそれについては話さない。普通に恥ずかしいし。
という感じで一旦先程までの流れを説明し終えたわけだが、そこで佳奈美が何かを思いついたように声をあげた。
「あ!いいこと思いついた!」
「なにが?」
「お母さんは柊くんにお礼したいんだよね?」
「うん、そうだけど?」
「なら、私に一つ提案があるんだけど__」
佳奈美は可愛らしい笑みを浮かべながら、自分の提案を口にする。
「柊くんにデザート作ってあげない?」
「デザート?」
「うん!デザート!」
「…それ、いいね!!」
また料理系の話か?と思って驚いてしまったが、二人ともかなり乗り気らしく、早速二人はキッチンに向かった。
「柊くんはそれでいい?」
「あ、はい。大丈夫です」
「よかった!なら早速作ろっか」
「何作る?」
「今の冷蔵庫の食材でできそうなのは…クッキーと生チョコとショコラかな?」
「柊くんは何がいい?」
「あ、じゃあクッキーで…」
「わかった!ちょっと待っててね!」
「はい…」
柊は思った。
どっちがどっちかわかんねぇ!!!
親子というのもあってか二人の声はすごく似ていて、さらに話し方までそっくり。なので二人がキッチンに行って姿を見れなくなると声でしか判別できなくなるのだが、そのおかげで今の発言がどちらからのものかがわからなかった。
よく聞いてみれば佳奈美の方が少し声が高くて軽い感じな気もするが、確認できたわけでもないので事実かはわからない。でも間違いなく言えるのは、やっぱり親子だなぁということである。
(俺と父さんもこんな感じなのかな?)
そんな仲良し親子を見ていると自分と父が似ているのか気になって、父親の声や話し方などを思い出した。
(ん〜…声は…父さんの方が低いか?話し方もちょっと違うしな〜)
いくら親子といえど、流石に完全になることはないのではないだろうか。でも現に今ここにめちゃくちゃ似ている親子がいるのでこれについては結論は出せない。
「柊くん、味は甘めと苦めどっちがいい?」
「え?あ、えっと…じゃあ、甘めで」
「うん!わかった」
「……」
いやどっちだ!!本当に!!
結構マジでどっちかわからないから、せめて顔が見える位置に来てから質問をしてほしい。じゃないといつか聞き慣れている声にだからという理由で楓にタメ口で話してしまいそうだから。
いや、もうこれは全部敬語でいくのが最善か。仮に佳奈美に疑問の目を向けられようとも、そうするのが最善の選択だ。柊は自分の心にそう言い聞かせ、反射的にタメ口で話してしまわないように意識を集中させた。




