46 自信だけはあるんだけどなぁ
あの後も二人で料理を進めていき、いよいよ佳奈美の自信作の完成の時が迫っていた。
「ふぅ…ここまで長かったな…」
「そうだね…」
柊は満足そうに汗を手で拭っているのだが、佳奈美は完全に疲弊している様子で文句を漏らした。
「まさかお肉を強くこねすぎてあちこちに破片を飛ばしたりハンバーグをひっくり返す時に明後日の方向に吹き飛ばすとは思わなかったよ…」
佳奈美が言った通り、柊は佳奈美を手伝う上で様々なことをやらかしていて、手伝うどころか逆に手間を作る羽目になってしまった。そのことは柊も心から反省していて、苦笑いを浮かべながら謝った。
「あはは…ごめんなさい!!」
「全くもう…もし相手が奥さんだったら怒られてるよ?キッチンにはもう入らないでって言われてるかもよ?」
「はい…」
なんか聞き覚えがあるセリフを言われたが、今はそれよりも申し訳なさが勝っているのでしっかりと頭を下げ続ける。
「以後ないように気をつけるので…どうかそのハンバーグを食べさせてください…」
「ん〜…まあ、いいでしょう。ちゃんと謝れてるしね。頑張った人にはご褒美をあげないと」
「!!マジか!!」
「で〜も!!これからは苦手なことは正直に言ってよね!!今回みたいに見栄を張ったら嫌いになっちゃうよ??」
「ゔ…わ、わかったよ…。今度からはちゃんと言うよ…」
流石の柊でも佳奈美に嫌われるのはかなりキツいため、今度はちゃんと正直に言うことを決意した。
「わかったらいいの!それよりほら!できたよ!!」
こちらが申し訳なさそうに頭を下げている間にハンバーグは完成したようで、佳奈美はそれをフライパンから皿に移し始めた。
「柊くん、ご飯ついでくれる?お茶碗そこにあるから」
「ああ、任せろ」
「ちなみにだけど…ちゃんとできる…?」
「…」
今度はかっこいいところを見せて見返してやろうと思ったのだが、佳奈美には完全に心を読まれていてジト目を向けられてしまう。
流石にこれ以上嘘を重ねると本当に嫌われてしまう可能性があるため、柊はまた謝りつつ正直に白状する。
「ごめん…正直自信ない」
「…まあいっか。誰にでも苦手なことはあるしね。じゃあとりあえずお箸持って行ってくれる?」
「ああ」
佳奈美には呆れられた目を向けられてしまったが、できないものはできないので仕方ない。なので柊は特に落ち込むでもなくただ佳奈美に言われたことをこなし、直後に堂々と椅子に座った。
「はい、これで最後だね。じゃあ早速いただこっか」
佳奈美は最後の皿を机に並べると、嬉しそうに椅子に座ってニコニコと笑みを浮かべながら手を合わせた。そして柊もそれに合わせて両手を合わせ、しっかりと料理を作ってくれた人と食材に感謝を示した。
「「いただきます」」
その感謝の気持ちはいつかの夫婦で料理をして夫が失敗しまくって妻に呆れられた日に似ていて、柊の心は気づかぬ間に暖かさを灯していた。
「さーて、まずは何からいただこうかな〜」
「オススメはハンバーグだよ♪」
「じゃあ早速メインからいただくか!」
あまりにも美味しそうだから何から食べるか迷ったが、やはり目を引いたのはメインのハンバーグ。この料理こそが佳奈美の自信作で、中身を見なくてもその肉のおいしさはわかる。だからこそ胃袋はほぼ反射的にそれを求めていて、柊は勢いよくハンバーグを頬張った。
「ん〜…」
「…!!」
その姿を佳奈美は緊張感のある眼差しで見ていて、柊はそれにつられて感想を言うのに緊張してしまう。だが美味しいものは美味しいので、ちゃんとそれは伝えておく。
「これ…めちゃくちゃ美味しいよ…!最高だ!!」
「そう!?」
「ああ!噛んだ瞬間に肉汁バァッと溢れてきて、鼻を通る香りは肉本来の香ばしさが出ているよ!!」
「ふふ、なんか食レポみたいだねっ。でもありがとう!すごく嬉しい!」
なんとか上手く褒めることができて、佳奈美はちゃんと喜んでくれた。その反応を見た瞬間に肩の力が抜けて、佳奈美と食事をしながら会話をするようになった。
「そういえばこの前に体育の時さ、佳奈美さんバレーしてたじゃん?」
「うん、そうだね」
「めちゃくちゃ上手かったけどもしかしてやってたの?」
「ううん、やったことないよ。でもなんとか上手くできたからよかった!」
「スゲェな。俺だったら絶対__」
そんな感じで二人は楽しく食事をした。でも柊は心の中ではある考えを巡らせていた。
それはこのハンバーグの味についてだ。美味しいのは間違いなくて、柊の口にも合っている。それに加えて、佳奈美の料理はクロエの料理と同じ味がする。これは作っている人間が同じだから、と考えれば合点がいくのだが、そう簡単な話でもない。
クロエと佳奈美の料理は似ているけど決定的な違いもあって、それがこの話を難しくしている。その違いについては完全に柊の感覚に過ぎないが、料理に「愛」がこもっているかこもっていないか、というものである。別に佳奈美の料理に愛がないとかそういうわけではないが、彼女の料理には愛以外のものも入っている。でもクロエの料理には愛の一文字の味がして、心の底から暖かさを与えてくれる味をしている。
でもこれらの要因があったとしても、味がほぼ同じなのは事実だ。本当に、他人とは思えないぐらいに。
だから柊は心の中で佳奈美との会話を楽しみつつ、もう見れない最愛のクロエの顔を思い浮かべていた。




