45 燃えるかも
【ねぇ、キスしよ…?】
【うん。じゃあ、唇、いただくね】
「〜〜!!」
「………」
薄暗い部屋の中で光る画面には、展望台でイチャイチャしているカップルの姿が映っていて、彼らは今唇を交えている。
「(き、キスしちゃってる…しかもあんなに濃密な…あはぁぁ〜…っっ!!)」
そして隣の佳奈美は頬を真っ赤に染めて恥ずかしそうに顔を手で覆っているのだが、その指の間からキスシーンをチラチラと眺めている。相変わらず純粋そうな反応をしていて安心するが、ちゃんとチュッチュしているシーンをチラチラと見ているため清楚とまでは言わなでおく。
「(私もいつかこんなキスを…って何考えてるの私__!!)」
彼女は気づいていない様子だが、心の声がダダ漏れである。でも思いの外エグい発言は飛んでこないためさりげなくスルーしておく。
「こ、こんなシーンもあったんだなこの映画…まあ恋愛系だからキスシーンぐらいあるか…」
「そ、そうだね…!普通だよね普通…!」
なんでこんなに緊張しているのだろうか。
キスなんて前世で数えきれないほどしたし、今だって別に実際に佳奈美とキスするわけでもない。でもなぜか心の中が熱くなって、佳奈美とうまく話せない。
(何緊張してんだ俺…!!これはただの映画だぞ映画…!!今まで通り平常心で感想を伝えれば__)
佳奈美の顔を覗く。そして顔を真っ赤にしている佳奈美と目が合う。
「「っ!!??」」
二人は咄嗟に目を逸らし、なんとも言えない緊張感が漂い始めた。
(なんで目逸らしてんだよ…!?これじゃあ余計に気まずくなるだろうが…!!)
実際に空気は冷え切っていて、正直ここが自分の家だったら耐えきれなかった。でも今は友達の家にいるから迷惑はかけられないという信念のようなものが柊の心を繋ぎ止めていて、なんとか勇気を振り絞って佳奈美の方に目を向けた。
「映画、終わったみたいだな…」
「そ、そうだね…なんか、すごい終わり方だったね…」
「先が気になるってところで終わってしまったな…。まあそれが製作陣の狙いなんだろうけど…」
映画のことはよくわからないが、とりあえずそれっぽい事を言っておく。そうでもしないと会話が続く気がしないから。
「こういうのが流行るための秘訣なのかもな…?なんというか、ちょっと刺激的な感じが逆に、みたいな…?」
「そうなのかも…?」
「「…あはは…」」
うん、全然ダメ。
会話が全然続かないというか、点と点の会話になっているというか。自分でも何を言っているかわからないが、とにかく今の空気のままはよろしくない。普通に面白くないから。というわけで柊は意を決して口を開いてみた。
「な、なんかお腹空いてきたなぁ…。なんか買いに行かないか…?」
「え…!?う、うん…!そうだね!思ったより時間経ってるから夕食にしよっか!!あ、私作ろうか?」
なんとなく今直感的に思いついた事を話してみると思いの外佳奈美の反応は良くて、何なら手料理を作るつもりがあるらしい。
それは流石に食べてみたいが、佳奈美に負担がかからないかちゃんと確認をしておく。
「え、いいの?俺の分まで作ってもらって」
「うん!料理には自信あるから任せて!!」
「そうなのか。ならお願いするよ」
「うんっ!!」
先程の緊張は完全に消え去って、佳奈美は嬉しそうにニコニコと笑っている。その笑顔を見ただだけでも柊の緊張はどこかに吹き飛んでいき、佳奈美の手料理を食べるという楽しみだけが脳を埋め尽くした。
「じゃあ材料買いに行くか?」
「どうだろう。食べるもの次第かな。ちなみに柊くんは何が食べたいとかある?」
「じゃあ佳奈美さんの得意料理が食べたいな」
「ふふっ♪わかった。冷蔵庫確認してみるねっ」
佳奈美はそう言って軽い足取りで冷蔵庫の中を見に行き、食材があるかを確認した。
「うん。全部ある。…柊くん!食材はあるから買いに行かなくても大丈夫そうだよ!」
「そうか。なら早速だけど、佳奈美さんの手料理、お願いします。あ、手伝えることは手伝うから」
「うん、ありがとう!じゃあ早速作り始めようかな」
佳奈美は冷蔵庫の食材を取り出し、さらに調理器具も用意した。それを見た柊は食材だけで料理を予想しようとしたのだが、流石に情報量が足りなくて何を作るかは見当もつかず、柊は直接料理名を訊くことにした。
「ちなみに、何を作るんだ?」
「それはね…ハンバーグだよ!」
「なるほどな…」
確かに言われてみれば目の前に並んでいる食材でハンバーグが作れそうであるが、少しだけ異質なものも並んでいた。
「このよくわからないがソースはどこで使うんだ?」
「それはね…内緒だよっ」
「おいしさの秘訣ってやつか?」
「まあそうだね。でもね、おいしさの秘訣は他にもあるの」
「そうなのか。ちなみにそれは何なんだ?」
「それはね…」
きっとクロエなら「愛情だよ♡」とか言いそうだが、流石にそんなことは言わ__
「食べる相手のことを想いながら作ること、かな。人によっては愛情って言うと思うけど、私たちは友達同士だからね。愛っていうのは、少し重すぎるよね」
「ま、まあ…そうかもな…?」
これはどっちだ…?
結局佳奈美の料理の秘訣は愛情なのかそれとも相手を思いやることなのか。その答え次第ではこちらの今後の対応も変わってくるのでもう少し詳細な説明が欲しいところであるが、これ以上詰めれそうな雰囲気でもなかった。
「まあそれはそれとして。柊くん、お米炊いてもらってもいいかな?」
「え…?あ、ああ…」
「やり方わかる?」
「それぐらいならわかるよ。いい感じにドバーってやればいいんだろ?」
「大丈夫かな…」
あまりこちらの料理センスを舐めないで欲しい。
こちとらたまには料理をしてあげようと思って米を炊こうとしたら米を燃やしてしまってもう料理はしないでとお願いされた経験があるんだからな。前世に。
だから安心して欲しい。その経験があるからなんとかうまくやれるはずだ。
「何合ぐらいあればいい?」
「そうだね…柊くんはたくさん食べるから、四合ぐらいにしとこっか」
「わかった。四合四合…」
柊は勘で四合を取ってみた。すると本来の四合の倍近く取ってしまい、佳奈美に教えられながらやり直しをすることになった。




