42 ウチ?
間接キスの甘い味を忘れ始めた頃、二人はカフェを後にした。
「やっぱりいいお店だね〜」
「通い甲斐のある店だよな」
二人は目を合わせてカフェについて語った後、一度スマホの画面を見た。
「まだお昼過ぎだね」
「だなぁ。結構長居したつもりだったけど、案外まだ時間があるもんだな」
「じゃあ…どこか行く?」
「ん…いいな」
ちなみにだが、カフェで昼食を済ませたため昼を一緒に食べに行くという選択はできない。しかもさっきまでの時間でかなり話題を出しまくったため、またこういう静かな店でお茶とかになると経験が浅い柊にとっては命取りとなる。
(どっか行くのは全然アリなんだけど…どこに行くのが正解なんだ?)
こちらとしても、佳奈美ともっと時間を共にするのはやぶさかではない。だから次の行き先について考えを巡らせたのだが、特に答えは出てこなかった。
「…佳奈美さんはどこ行きたい?」
「私が決めていいの…?」
「もちろん。佳奈美さんに合わせるよ」
これは押し付けたわけじゃない。決して、考えるのが面倒だから佳奈美に選択をしてもらおうとしたわけではない!!
柊に考えるのを押し付けられた佳奈美は少し頭を悩ませ、そしてハッと思いついたように手を叩いた。
「じゃあその…ウチに来ない…?」
「……」
ウチ…?
内?討ち?撃ち?
佳奈美さん、案外物騒なことを考えるな。いやでも待て。彼女は「来ない?」と訊いてきた。つまり、来る場所があるということ。「ウチ」という言葉で場所を意味するのは…
「家!!!???」
「う、うん…」
(待て待て待て待て!!!家!!??佳奈美さんの!!??)
いくら友達といえど、二人はあくまでも年頃の男女。特に柊にとってはそれが強く心に刻まれていて、佳奈美の誘いは柊の心を惑わせていく。
(そんなのいいのか!!??俺だって男だぞ!!??警戒心とかないのか!!??)
別に手を出すわけではないけど、ただの男友達にこんな誘いをしているようでは心配になる。だから今回の誘いはしっかりとお断りし、なんならちゃんと説教をしてやろう。
そう決心して柊は口を開くのだが、なぜか舌が言うことを聞かず。
「じゃあ、お邪魔しようかな。佳奈美さんの家」
(何言ってんのぉぉぉ!!!???)
まさかとうとう自分を完全に制御できなくなる日が来るとは思わず、心の中で自分に失望した。
(何が「お邪魔しようかな」だよ!!!お邪魔すんなよ!!邪魔だろ!!)
柊は自分にそう言い聞かせるのだが、佳奈美は柊の言葉に頷いてきた。
「うん…わかった。じゃあ…行こっか」
「ああ…」
え、なんで乗り気なん?そこは「冗談だよっ」とか言うところじゃないの!?純情な男心を弄んだだけじゃないの!?
いや、柊が純情なわけない。そういう人ならまず家に行くと発言する前にちゃんと色々確認するはずだ。でも柊はそうしなかったから、彼はただのモンスターであることが確定した。
(え?今から佳奈美さんの家行くの?心の準備とかできてないけど???)
やはり女の子の家に行くと考えるだけでも緊張はしてくるもの。それに加えて佳奈美はただの女の子ではなく、絶世の美少女である。もし佳奈美が男を家に誘えば、百人中百人はYesと答えるだろう。そのくらいに彼女の魅力は突出していて、そのせいで柊の緊張は高まっていく。
「いいのか…?俺みたいな男が家に上がっても」
「し、柊くんだからいいんだよ…?君じゃなかったらこんな提案してないよ…?」
「っ__!!」
一度佳奈美に確認をしてみようと質問をしてみたのだが、彼女は頬を赤く染めてチラチラとこちらを見ながら言葉を返してきて。柊はもちろんその目つきにドキドキし、反射的に目を逸らした。
(なんだその目は!!??俺のこと好きなのか!!いや佳奈美さんに限ってそんなことはないだろ!!こんなに可愛いんだし!!)
それに仮に佳奈美から好意を向けられていたとしても、それに応えることはできないかもしれない。なぜなら柊には心に決めた元嫁がいて、彼女以外とは付き合うつもりすらないから。というかそもそも佳奈美は友達として家に誘ってくれたのだろうから、そんなことを考える必要はない。
そういう結論に至った柊は一度冷静になろうと深呼吸をし、自身の考えをまとめた。
(一旦落ち着け俺…そうだ。多分佳奈美さんは友達として俺を誘ってくれてるんだよな…。前に俺の家に佳奈美さんが来たのと同じような感じで。だから俺もその時の佳奈美さんのような感じで、あまり気負わずにお邪魔すれば…)
柊は少し前に佳奈美がこちらの家に来た日のことを思い出した。
(……あれ、あの日の佳奈美さんって…)
家に入る時、滅茶苦茶緊張してなかったか…!?
あ、それはヤバい。心の拠り所がなくなってしまう。
(…俺、今ちゃんと歩けてるか?)
佳奈美が平常心でこちらの家に来ていたというのが柊の心の支えになっていたが、そんな事実はなかったため柊の心は簡単に崩壊した。
そのため柊は緊張をモロに表情にし、佳奈美に苦笑いをされながら家に向かっていった。




