41 甘い間接
「ごゆっくり〜♪」
店員さんがお茶とケーキを机に届けてくれた後、二人は同時にケーキを頬張った。
「ん〜♪おいひい〜♪」
佳奈美はロールケーキを一口食べると頬を抑えながら幸せそうに笑い、その味を堪能している様子だった。それを見て安心した柊はバレないように胸を撫で下ろした後、また自分のケーキに手を伸ばした。
「相変わらずここのケーキはうまいな」
「そのチョコケーキも美味しいの!?」
「あ、うん…。この店では一番気に入ってる」
「そうなんだ」
甘いものの話となると佳奈美は興味津々のようで、今でも目を輝かせながらこちらのケーキを眺めている。
「食べてみたいなぁ…」
「…」
佳奈美は無意識で柊のケーキを見ながらそう発言したのだろうが、柊からすればその発言は迷いを生み出す原因でしかなくて。
(え、もしかしてこのケーキ食べたいってことか?いや単純に自分もいつか頼みたいって思ってるだけか…?)
柊は先日の間接キスの一件を思い出し、途端に頬が熱くなるのを感知した。
(まさか…あの時のアレのせいで間接キスのハードルが下がってるのか…?ちゃんと友達として割り切れてる、とか?)
この前間接キスをした時は佳奈美もかなり恥ずかしがっていたが、今はそれから数日が経っている。それだけの時間があれば心の整理をするのには十分で、大人な佳奈美はそこをちゃんと割り切ったのではと考えた。でも仮にそうだとしてもこちらは全く整理できてなくて今でも滅茶苦茶恥ずかしい記憶として残っているのでぜひやめていただきたいところである。
でも現実は非情で、目の前にいる女友達は頬を赤くしながらこちらに期待の眼差しを向けてきている。
「「…」」
(どうすりゃいいんだ!!??)
互いの視線が交わった直後、二人は一瞬で目を逸らした。そして柊はその間に気持ちの整理をつけようと試みるが、当然そんなにうまくいくはずがなくて。
(てか佳奈美さんは恥ずかしくないのか!?いくら友達とはいえ異性との間接キスだぞ!?しかも公衆の面前だし!!)
一億歩譲って間接キスを許容したとして、ここは普通に他の客がいるカフェである。前にここで間接キスをした時は姉の花音がいたからなんとかなった(のか?)が、今は誰がどう見てもデータをしている年頃の男女である。そんな人たちがで朝からイチャイチャしているところを見てみろ。弾けろ!と思うだろう?
柊はそういう視線を向けられるのが苦手で、今友達と二人で軽くお茶しているだけなのにチラチラ見られるのも嫌であった。でもそんな人たちに二人で間接キスしているところを見られてみろ。恥ずかしすぎてこの店には来られなくなる。
だからこそ間接キスは避けたいところなのだが、なぜか心の底から佳奈美にケーキをあげたいという気持ちが湧き上がってきて、柊は思わずその感情に身を任せてしまう。
「佳奈美さん…?もしよかったら、一口食べる…?」
そう言った直後に自分が何をやらかしたかに気づき、心の中で大きく頭を抱えた。
(え、何言ってんの!!??そんなん言ったって佳奈美さんを困らせるだけじゃ__)
「じ、じゃあ…せっかくだし、いただこうかな…?」
「え…」
佳奈美はこちらの期待を裏切るように乗り気な言葉を漏らしてきて、柊の心は大きく荒れ始める。
(ウソだろぉぉ!!??佳奈美さん恥ずかしくないのか!!??もしかして前にここでしたから耐性ついてんのか!!??)
確かに以前もここで間接キスをしたが、それは花音という心に余裕があって何も恥ずかしがらない人物がいたからできたことである。花音のおかげで二人にも少しだけ心に安心感が湧いてきていたが、今花音はここにはいない。二人の心の拠り所はどこにもなく、ただ恥ずかしさだけが心を満たしている。
そんな状況では柊も冷静な判断を下せなくなってどうすればいいかわからなくなっていたのだが、そこで使命感のようなものが発動して手と口が勝手か動き始めた。
「じゃあ…あーん…」
「あ、あ〜…んっ__!」
佳奈美は吹っ切れたようにケーキを頬張り、しっかりと間接キスを実行してみせた。そして直後に頬を赤く染めながらケーキの感想を伝えてきた。
「お、おいしい…!すっごく、おいしいね…!」
佳奈美の恥ずかしそうな表情を見て、柊は思い出した。佳奈美に間接キスをさせるのは初めてだと。
この前はこちらが佳奈美と間接キスをしていたため滅茶苦茶ドキドキさせられていたのだが、今は立場が逆になっている。この前佳奈美は間接キスをさせてかなり恥ずかしがっていたが、その気持ちがようやくわかった。
すごく言語化が難しいが、自分の体内から出たものを可愛い女の子の体内に入っていっているような感じ。いやキモいな。流石に佳奈美はこんなことを考えていなかっただろうから、やっぱり佳奈美の気持ちはわからなかった。でもされる側も恥ずかしいということは理解できて、柊は咄嗟に自身の紅茶に手を伸ばした。
「…それはよかったよ。ここのケーキ、全部美味しいんだよなぁ…」
「そうなの!?」
「あ、ああ…」
「ん〜…!それなら毎週来ようかな!」
相変わらず甘いものには目がないようで、もうとっくに恥ずかしさなんて忘れてしまっている。そんな佳奈美を見ているとなんだか羨ましいような微笑ましいような、そんな感情が湧き上がってきて、柊は少しだけ違和感を感じる。
(なんだこの心の奥から湧いてくる熱いのは…なんか、佳奈美さんといるといつもこんな感じだな。やっぱり、佳奈美さんは俺の…)
運命の相手なのだろうか?その考えは彼女が前世の嫁であるクロエだということを示していて、柊の心の中は少しだけ昂る。だが今はその気持ちを抑え、佳奈美に目を向けてちゃんと会話を繰り広げる。
「なら、俺らと一緒に行くか?俺も姉さんもほぼ毎週来てるし」
「いいの!?」
「たまに姉さんは用事で来れないこともあるけど、その時は二人で来るか?」
「う、うん…!!」
「わかった。じゃあ、これからもよろしく」
「よろしくね…!」
気づいたら次のデートの口実までできてしまっていた。一体いつからこんなできる男になっていたんだ?そんな能力使い道ないくせに。でも佳奈美とこうして会える約束ができたのだから、それでいい。




