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39 気合い


「…」


 いつものような休日の朝に佳奈美(かなみ)は目を覚ましたのだが、今日はいつもより早めに起きてみた。その理由は数日前に(しゅう)から送られてきたメッセージだった。


『急にごめん。もしよかったらなんだけど、来週の休みにでもこの前行ったカフェに行かないか?』


 柊曰く、『あの店員さんはまた行けば喜んでくれるだろうし、この前のを謝罪したいから』ということらしい。ちなみにこの前は柊の姉の花音(かのん)と三人でカフェに行ったのだが、そこで花音がしっかりやらかしてしまった。そして店員さんは落ち込んでいたのだが、佳奈美がまた行くと言った途端に機嫌を直したのだ。つまり、また行くという行為が最大の謝罪になるの考えたのだろう。

 それを察した佳奈美は二つ返事で了承をし、その日が今日というわけだ。


「よし、準備しよ」


 一応今日は友達として二人でカフェに行こうという話なのだろうが、年頃の佳奈美にとってこれはデート以外の何物でもなく、普段より気合を入れて準備をし始めた。まずシャワーを浴びて穢れを落とし、いつもより丁寧にメイクをして可愛く見せ、髪型も少しいじってみて普段とは違うのを印象付けて。まるで好きな人とデートをするから浮かれている乙女のような姿であるが、ギリ間違っていないから否定はできない。


(柊くんにはちゃんと可愛いって思ってもらわないとっ)


 なんせ彼は自分が最も愛した元夫である可能性があるため、そんな人物とのデートでは手を抜けるはずがない。そんな考えを抱えて普段より倍の時間をかけて支度をし、最後に香水をふって完成。


(これなら大丈夫…なはず…。ううん、ちゃんと自信持って行こ!じゃないとせっかくおしゃれしたのに印象が悪くなっちゃう!)


 結局どれだけおしゃれをしていても、本人が楽しそうにしていなければ意味がない。そういった考えを持つ佳奈美は今の自分に自信を持ち、堂々と胸を張って家を出て行く。


「行ってきます」

「「行ってらっしゃい」」


 玄関の扉を開け、隣の家に目を向けた。


「あ、佳奈美さん」


 そこにはいつもより三倍増しで格好よく見える柊の姿があった。いやこれは佳奈美の脳にフィルターがかかっているとかではなくて、実際に柊がいつもよりカッコ良くなっている。


(え、え…!?柊くんなんか…すごく良くなってる!なんというか…好青年!って感じだ…)


「おはよう。今日はよく眠れた?」

「あ、おはようっ。う〜ん、まあある程度は眠れたよ」

「ならよかった」


 柊は何事もなかったかのように話を進めているが、こちらはそれどころではない。いつもと違う柊の雰囲気に見惚れて、会話どころではなくなっている。


(え〜!?柊くん、こんなに格好良かったたんだ…!)


 単純に友達視点からしてみても、今日の柊は普段からは考えられないような変貌ぶりを見せていた。いつも降ろされている髪は綺麗に上げられていて、いつもダルそうにしている目は優しい眼差しを向けてきていて。服はシンプルながらも清潔感のある好青年のような印象を持たされ、さらにはいい匂いもしてくる。


(もしかして柊くん…女子力高い…?)


 先ほど挙げた以外にも様々な部分でいつもとは違う点が見つかり、それらはまさに女子高生に匹敵するほどの美意識なのではと思った。まあこんなことを言っても多分喜ばないだろうから言わないけど。

 と、そんなことを考えつつ柊の全身を見ていると、突然向こうから声をかけられる。


「今日の佳奈美さん…なんかいつもとは雰囲気違う?」

「え!?そ、そうかな…?」


 マズい。いつもより気合を入れて準備してきたのがバレてしまったかもしれない。流石にそれがバレると(ただカフェ行くだけなのに意識しすぎでしょ…)とか思われてしまいそうだからちょうどいいラインを狙ったはずなのに。この人、時に鋭いんだよねぇ…。今は鋭くなくていいのに、なんていう文句のようなことを考えていると、柊は全身を見回しながらこちらのことを褒め始めた。


「うん。特にその服。前俺らと遊んだ時に買った服の組み合わせをアレンジしているよな?」

「そうだね」

「それがいいアクセントになっていて今日の佳奈美さんによく似合ってるよ。髪型もいつもと違うから結構新鮮さを感じれてめっちゃいいと思う」

「…っ!?」


 相変わらずこの人は簡単にそうやって褒め言葉を使ってくる。本当に、この人に彼女が出来たことがないのだろうか?正直二、三人いたと言われた方がしっくりくる。でも結局のところ彼女がいたことを考えたくもないんだけど。

 そんな感じで佳奈美は恥ずかしさの中で少しだけ嫉妬のような感情を交えつつ柊に感謝と褒め言葉を授ける。


「あ、ありがとう…。柊くんも、すごく似合ってるよ…?」

「あはは、そうかな…?まあ、そう言ってくれるなら嬉しいよ。ありがとう」


 流石に柊も褒められると照れるようで、頭を軽く掻きながら頬を赤くしていた。全く、普通は褒める時もそうなるんだぞ。と言ってやりたくもなったが、一旦口にしまっておいて。今はとりあえず早くこの甘すぎる雰囲気を脱するためにも出発を急ごうと考える。


「とりあえず、行く…?ずっとここにあるのもアレだし…」

「そ、そうだな…っ。とりあえず歩くか。ちょうど身体を動かしたい気分なんだ」


 二人は隣に並んで歩き始めた。そして夫婦のように自然と歩幅を合わせ、まるで恋人のような距離感を保つ。


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