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37 行ってきます


「明日から、また会えなくなるんだね…」


 王都にある普通の一軒家の中で、クロエという一人の主婦はベッドの上で夫に対してそう言葉を漏らした。そしてそれを聞いた夫のリオは、妻を励ますために優しく抱きしめた。


「そうだな…でも、ちょっとの間だけだよ。この仕事が終わったら、また昨日みたいにゆっくり過ごせるさ」


 リオは王国騎士団のとある部隊の隊長を務めていて、明日からは国のために遠征に向かうことになっている。そのため今日から数ヶ月、あるいは数年の間家に帰ってくることができなくなり、それは愛する妻と会えなくなることを意味している。そのことをちゃんと理解しているからこそ、クロエはボソッと悲しそうな声を漏らしている。


「そうだよね…でも、やっぱり心配なの…。もしかしたら、もうずっと会えなくなるんじゃないかって…」


 王国騎士団はいつも死と隣り合わせ。今までもそうだったし、今回もそうだ。今朝別れると下手をすれば一生会えなくなるかもしれない。そんな恐怖は今までも抱いていたのだが、今回は特に怯えている様子で。全身は小刻みに震えていて、目からはいつものような明るさが消えていた。

 流石にこれは何かがおかしい。そう感じたリオは、いつもより腕に力を入れて抱きしめ、そして優しく頭を撫で始めた。


「大丈夫。俺はどこにも行かない。俺の強さは、クロエも知ってるだろ?」

「た、確かにそうだけど…」


 クロエとリオは同じ学校の出身で、入学時はクロエが主席だった。でもリオがクロエに追いつきたいと努力を重ねた結果、卒業するときにはリオの方が強くなっていた。そのことからリオは自信を持って自分が強いということを説明したのだがそれでもクロエは納得してくれない。


「でも、なんでかわからないけど…嫌な予感がするの」

「嫌な予感…?」


 クロエは表情を曇らせ、その予感について話し始める。


「最近ね、夢を見るの…。あなたはずっと帰ってこなくて、数年後に遺品が仲間の人から持ち込まれて…っ」


 クロエは嫌な夢を思い出してしまい、絶望に満ちたような涙を流し始めた。

 これは、ちょっとおかしいな。クロエにしては珍しく思い詰めている様子で、流石にリオも違和感を抱いた。


「でも、それはあくまで夢だろ?別に正夢とかでもないだろうし、たまたまタイミングが悪かっただけだろ」

「違うの…っ!そうじゃなくて…っ」


 クロエにはそんな顔をしてほしくないという願いから夢のことを否定しようと思ったのだが、クロエにとってその夢はただの夢ではないらしい。


「別に今までもこういう夢を見る事はあったの…。リオはずっとこういう仕事をしているから、多分心のどこかで不安になってたの…。でもね、そういう時はあなたにたくさん甘えると勝手に忘れていたの」

「でも、今は違う…?」

「うん…変な胸騒ぎが収まらないの。絶対に離しちゃダメだって、私の心が叫んでいるの」

「…そっか」


 こういう仕事をしている人を夫に持っているからこそちゃんと自分なりに解決方法は見つけていたようだが、どうやら今回ばかりは通用しないらしい。それがなぜなのかは二人にもわからないが、それが何となく嫌なことを意味しているのではないかという考えは一致していて。


「確かに、クロエがそうなってるんだったら…よくないことが起こるのかもしれないな」

「…っ」

「でもな、俺が行かないわけには行かないんだ。俺にはたくさん部下がいて、みんな俺について来てくれてる。俺は、あいつらの期待を裏切るわけにはいかない。だから、俺は行かないといけない」

「…うん」


 クロエが不安で飲み込まれそうになっていて、行ってほしくないと思っているのも分かっている。でもだからといって、仕事を投げ出すわけにはいかない。なぜなら、信頼してくれている仲間たちが待っているから。みんなの期待を裏切るわけにはいかないと、リオは自分に言い聞かせる。でもだからといって、最愛の人物を放っておくわけにはいかない。ちゃんと安心して見送ってもらうためにも、クロエには言葉をかけ続ける。


「でもそうだな…今回は、今まで以上に気をつけることにするよ。食事の時も寝る時も、戦う時も絶対に油断しない。いざとならったらルークに守ってもらう。だから、安心してくれ」

「…うん」


 何とかクロエは首を縦に振ってくれたが、あまり安心してくれていそうではなかった。そのためリオは最終手段、キスという最大の愛情表現でクロエに安心感を与えた。


「…!?」

「…俺は絶対に帰ってくる。クロエと、エリオを残して死ぬわけにはいかないからな」


 リオとクロエは数ヶ月前に生まれたばかりのエリオに目を向けた。エリオはいつものように気持ちよさそうに眠っていて、二人はその顔を見るだけで少しだけ心が暖かくなるのを感じた。

 そしてその直後、リオはクロエに愛を伝えるためにまたキスをする。


「愛してるよ、クロエ」

「ん…私も、愛してるよ…」


 クロエは乙女のように頬を赤く染めていて、それはリオの心をくすぐってしまう。


「なあ、もう一回…いいか?」

「キス?♡」

「いや、その…もう一回、したくなって…」

「ふふ♡さっきしたばかりなのに、またしたくなっちゃったの?♡」

「…ごめん」

「ううん♡たくさんしよ?♡今日を、忘れられない夜にして?♡」

「…ああ」


 両手を伸ばして求めてくるクロエを、優しく抱きしめた。

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