35 元嫁と隣の美少女
「………」
昨晩、姉の花音に柊と佳奈美は死に別れた夫婦のようだと例えられてから、様々なことを考えた。自分が佳奈美のことをどう思っているのか、佳奈美は自分のことをどう思っているのか。
そして、佳奈美はクロエなのか。
そういうほぼ確信に近い憶測が頭の中で飛び交い続けたため、今日はほとんど寝ることができなかった。
(…佳奈美とクロエ、か)
朝を迎えた今、一度冷静になって考えてみようと目を瞑り、自身の考えを整理し始めた。
(見た目こそ全然似ていないけど、確かに二人には通ずる部分があるな。あの綺麗で眩しい笑顔とか、真っ直ぐで信念のある瞳。そして、顔を真っ赤にしながら恥じらう可愛らしい一面も。今思えば、ほぼ全部の所作がクロエと同じように思えるな)
何があっても笑顔を見せてくれるところとか、こちらが目を逸らした隙に前髪を整えたりするところとか。甘いものには目がなくて匂いを嗅ぐたびにそちらを向いて目を輝かせるところとか、たまに暴走して自爆してしまうところとか。
そのすべての動作がクロエと出会い、そして話すようになってからのものと一致していて、柊は懐かしさと期待で胸がいっぱいになる。
(マジで…クロエ、なのか…?もっと何か、確信を持てるような要素はないのか?)
もうほとんど信じ切ってはいるものの、まだ絶対と言えるほどの確信はない。魂や心が彼女をクロエだと叫んでいたとしても、柊の中にある信念は確信が持てるまではそう信じないと頑なである。
だって佳奈美は、本当に大切な友達だから。もしほんの少しでも違う可能性があって、もし本当にその通りなら、彼女を傷つけてしまうかもしれない。それは佳奈美だけでなく、クロエのこともである。
だからこそ柊は慎重に判断をしていきたいと考えていたのだが、どうにも今は考えがまとまりそうになかった。
(…ん〜!!どうすりゃいいんだ…!?いっそのこと本人に訊いてみるか…?いやそれでもし違えばほかの女の人と間違えてることになって佳奈美さんを傷つけることになるだろうし…!!もっとわかりやすい伏線とかはないのか!?)
柊はそうやって焦ったように考えを走らせるのだが、正直これ以上の答えは出ないだろう。なぜなら柊と佳奈美は出会ってからまだ数日の関係であって、判断をするにはまだ関わりが少なすぎるからだ。
それは柊も勿論理解しているのだが、それでも脳は考えるのをやめてくれない。だから一旦思い切り頭を冷やし、さらに他のことを考えるのに夢中になればいいのではと考えた。
(とりあえず下行くか。腹も減ってきたし、頭冷やしたいし。そんでその後は、まあ花音とでも遊んでやろうかな)
てな感じで柊は身体を起こして一階に向か__
(あれ、身体が動かない)
おうとしたのだが、なぜか身体が動かない。
それはまるで隣にいる姉にしがみつかれているせいで身動きが取れないような、そんな拘束感だった。
「…姉さん」
隣を見る。そこには美少女の笑顔が。
「おはようございます♪」
「おはよ」
「よく眠れましたか?」
「お陰様で、全然寝れなかったよ」
「あら、私のせいですか?」
「これだけ強く縛られてると流石に苦しいな」
「そうですか…」
昨晩は仕方なく共に眠ることを許可してあげたのだが、花音はどちらかといえばこちらにくっつく方を優先して来ていたため、かなりの圧迫感があった。別に呼吸が苦しいとかそういう話ではなく、重すぎる愛に押し潰されそうになったという感覚だ。その思い愛の力を、こちらを包容してくれる優しい愛にしてくれないだろうか…。そういう期待を少しだけ抱いたが、花音に至ってそんなことは無理だろう。
「で、早く離してくれないか?シャワー浴びに行きたいんだけど」
「ダメです。柊は私のものですから」
「理由になってねぇよ…」
「それに、別にシャワー浴びる必要なんてないですよね?柊はずっといい匂いですから」
「そういう問題じゃねぇんだよ。ただちょっと、頭を冷やしたいだけだよ」
「頭を冷やす、ですか…?」
あ、しまった。つい言ってしまった。
花音はこちらの前世の話も知らなければ、佳奈美が元嫁と似てあることなど知っているはずがない。なので昨晩の発言もたまたまであり、その言葉が柊を寝れなくした原因だということも知るはずがない。
だが花音はなぜか察したように優しく目を向けて来て、励ますように頭を撫でてきた。
「柊のことですから、きっと色々考えてしまったんでしょうね。それが、あまり眠れなかった理由ですかね?」
「…」
「無理に話す必要はありません。でも一つだけ覚えていてもらいたいのは、私があなたの絶対の味方であるということです。それだけは、神様でも運命でも揺るがすことのできない事実、ですから」
花音はこちらが悩んでいることを察して、味方でいてくれるという励ましの言葉をかけてくれた。その言葉は今までに何度も聞いて来たが、その度に救われている気がする。
(…姉さんには敵わないな)
本当にどこまでも優しくて、どこまでもこちらのことを理解してくれている姉だ。まあ、たまに怖いと思う時もあるけど。
「…ありがとう」
「ふふ、姉として当然のことですよ。柊のことを愛し続けるのは」
「それは当然なのか?」
「当然です」
花音にそう言われて、少しだけあの考えから気を逸らすことができた。また花音に救われてしまったかもしれない。やはりこの人には敵わない。
でも実は今までに敵わなかった人物がもう一人いて、それは前世で人生を共にした愛する人物だった。だが柊はそのことに気づくことはなく、目の前にいる花音とまた適当な会話を繰り広げた。
そんな風にしにて柊の考えは一度そこで停滞し、確信に変わる事はなかった。でも別に焦る必要はない。正解がどちらにしろ、きっと運命が最適に導いてくれるはずだから。だがしかし、柊の胸にはひっそりとある考えが残り続けた。
隣の美少女は、元嫁なのかもしれない。




