34 疑問の確信
【柊、入りますね】
長い一日を終え、今日はゆっくり眠りにつこうとベッドに寝転がった瞬間、姉の花音が突然部屋に押しかけてきて安眠を邪魔されてしまう。
「だからさ…勝手に入ってくんのはやめてくれよ」
「別にいいじゃないですか。姉弟なんですから」
「そういう問題じゃねぇだろ…」
花音はノックをするとこちらの返事を待たずに勝手に入ってくるため、柊は毎回それを注意している。だが花音はそれを全く聞かず、今日もこうして勝手に入室してきた。相変わらず距離感がよくわからない。
「てか、俺もう寝るんだけど」
「今日は色々と疲れましたからね。私もそろそろ寝るつもりです」
「そうか?なら出ていってくれても__」
「じゃあ一緒にベッドに入りましょうか」
「………は???」
何を言ってんだこの人。こっちは安眠したいって言ってんの。姉が隣にいたら全然寝れないわ。
「いや、早く帰ってください」
「帰りません。だって今日は、柊のことを好きにしていいんですもんね?♡」
「え???」
何を言ってんだこの人?とうとう壊れたか?こっちが花音にそんなこと許可するわけがないだろ…
(あ、なんか…言ったな)
よーく思い出してみると、今朝ショッピングモールに着いた直後に「俺のこと好きにしていいから」って言ってたわ。
完全にやらかした。
(何してんだよ俺!!??姉さんにそんなこと許したらロクなこと頼まれないぞ!?)
現に花音は勝手にベッドに入って隣をポンポンと叩いている。これはちょっと、マズいですね。だってほら、花音の目がドロってとろけてるもん。
正直言って非常に逃げたいのだが、多分そんなことをしたら一生許してくれなくなりそうなため大人しく指示に従った。
「ふふ♡素直でいい子ですね♡」
「じゃおやすみ」
「まだダメですよ?夜はこれからなんですから」
「…」
なんか上手くいって素早くならないかなとも思ったが、花音に限ってそんなことを許してくれるはずもなく。柊は諦めて花音の指示を聞くことにし、彼女に言葉をかける。
「…で?何すんの?」
「そうですね…まずはぎゅーからにしましょうか」
「ハイハイ、勝手にどうぞ」
身体を完全に花音に委ねると、直後にガバッと抱きしめられた。その瞬間に花音の甘くて優しい香りが鼻を伝ってきて、その安心感のある匂いのせいでさらに身体から力が抜けていってしまう。
「…柊の身体、温かいですね♡」
「そうか?まあ姉さんよりは体温高めだからな」
「それもそうですけど…何というか、包容力のようなものを感じます」
自分が包容している側なのに一体何を言っているのだろうか。と思ったが、その原因は恐らく完全に力が抜け切った心身にあるだろう。柊は花音とこういうことをする時は警戒心をむき出しにしていて、身体にはどことなく力がこもっていた。そのため花音は柊の全てを感じることができなくて、少しだけもどかしい気持ちを抱いていたのだろう。
だが今、こうして全身の力を抜いて花音の側にいると彼女は心の温かみのようなものを感じたようで、なぜかいつもより優しめに抱擁してきた。
「柊…ここ数日で、結構変わりましたね」
「え?」
いつものように甘い言葉でもかけてくるのかと思えば、まさかここで少しだけ真剣な話をしてきた。だがその話を一瞬で理解することはできず、花音に訊き返した。
「どういうことだ?」
こちらが頭の上に?を浮かべながらそう言うと、花音はニコッと笑いながら説明をし始めた。
「少し難しいんですけど、雰囲気が柔らかくなったなと思いまして」
「そうかな…?」
「はい。私は柊のことをずっと見ているので間違いありません」
「…」
ここ数日で、か。
全然身に覚えはないが、ここ数日で起こった変化といえばアレしかないだろう。
そう、柊の前に佳奈美という女の子が現れたことだろう。それが最近起こった大きな出来事であり、原因としては十分だと言える。
「恐らくですが、佳奈美ちゃんのお陰ですかね…?」
そのことは花音もわかっているようで、佳奈美と出会ってからの心境の変化を尋ねてきた。それに対して柊は特に誤魔化したりもせずに正直に話した。
「俺もよくわからないんだけど…もし俺が変わったのなら、佳奈美さんが関係している可能性はあるな」
柊にとって佳奈美は生まれて初めてできた女友達であり、楽しく笑い合える存在でもある。でも時々顔が真っ赤になる程照れてしまったり、前世でしか感じたことのないようなドキドキを味わったりもしている。それもこれも佳奈美が素晴らしい人間だからということで間違いないのだが、柊の頭には少しだけ引っ掛かりが残っていて。
「……」
「きっと柊にとって、佳奈美ちゃんは特別な存在に見えているのでしょうね。例えば、死別した夫婦のような」
「!!??」
目を見開く。そして歯を噛み締める。
なんで、それを今言うんだ。
この考えに拍車をかけられたらもう止まらなくなってしまう。信じずにはいられなくなってしまう。
柊のことを笑顔にしてくれて、そしてドキドキさせてくれる人物。
佳奈美は、クロエなんじゃないか?
そういった確信のような疑問が柊の頭に渦巻いた。




