30 理解不能
結局あの後は特に会話も弾まずに気まずい空気だけが流れていたため、柊は早々に判断を下した。
「そろそろ店出るか…。ケーキ食べた分身体でも動かしに行かないか?」
「そ、そうだね…!運動大事だもんね!」
この重い空気を感じているのは友人の佳奈美も同じようで、彼女はこちらの意見に賛成してくれた。そしてこの暗い雰囲気の犯人である姉の花音も、二人の意見を尊重して店を出る判断をとった。
「そうですね。このまま太ってしまっても困りますしね」
「よし、とりあえずお会計するか」
柊が先陣を切って立ち上がり、そのままレジへ直行する。そして薄っぺらい財布からお金を払い、一応店員さんに挨拶をしておく。
「ありがとうございました…。また、きます」
「そ、そう…?じゃあまた、よろしくお願いしますね…?」
花音がこうなってしまった原因を作った店員さんはどことなく気まずそうに笑みを浮かべていて、柊も佳奈美もそれを察して何とか励ましの言葉をかけた。
「えっと…まあ、気にしないでください。姉さんはいつもこうなんで」
「きっと今日は暴走してしまっただけですから…。だからその、気にしないでいいと思います…」
「そうかしら…?」
相変わらず花音はニコニコと笑っているため本人がどう思っているのかが理解できないため店員さんもどうすればいいのかわからなくなっている。だがだからといってこちらに何かできることがあるわけでもないため、さっさと店を出てしまおうと決断を下した。
「じゃあまた、来週末にでも」
「そ、そう…?」
「私、家が近いのでまたきますねっ」
「そう!?それはありがたいわ!」
「あ、はい…」
なぜかわからないが佳奈美がまたくると知った途端に店員さんはテンションをぶち上げ、先程の暗い表情がなかったかのようだった。でもこちらからすれば勝手にそうなってくれたのは有り難いため、特にツッコんだりすることもなく店を出て行った。
「ありがとうございました〜♪またのご来店をお待ちしております♪」
背中から聞こえてきた店員さんの声は、今まで聞いた中でも一番弾んでいて、それを聞いた柊と佳奈美は扉が閉まるとともに胸を撫で下ろした。
「はぁ…なんか耐え切ったな」
「そうだね…。それにしても店員さん、なんであんなに喜んでたんだろう?」
「あー…」
先程までは店員さんのテンションの上がり方に違和感を感じていたのだが、今こうして佳奈美の姿を凝視してようやく気づいた。
「多分なんだけど…佳奈美さんがまた行くって言ったからじゃないかな?」
「ん…?どういうこと?」
佳奈美も自分がそう言ったタイミングで明らかにテンションが変わったのには気づいていたようだが、多分今聞きたいのはそういうことじゃないだろう。それを察した柊は本当のことを説明するか迷うのだが、それは気恥ずかしいので適当に誤魔化すことにした。
「あの人結構常連と仲良くてさ、多分新しい常連候補が現れて嬉しいんだろうな」
「へー、そうなんだ」
ま、真実は全然違うと思うけど。
あの店員さんは極度の美少女好きで、美少女が店に来るたびに色んな方法で話しかけているらしい。実際花音も初めて入店した時にたくさん話しかけられていて、その口車に乗せられてまんまと常連になってしまった。まあ雰囲気とお茶やケーキの味が好きなのは前提として。
常連になるには意外と味とか店の雰囲気だけでは足りないこともある。それを補ったのが、店員さんの言葉というわけだ。そして今、あまり言葉をかけていない美少女さんがまた来てくれると言っていて…。
てな感じで店員さんのテンションの変化にはおそらくこのような理由があるのだが、それを説明すると佳奈美を美少女だと言わないといけない為すごく恥ずかしいのである。年頃の男子高校生なんて、大体こんなもの。
「それで、これからどこに行くんですか?」
店を出てから少し歩いたところで花音が何事もなかったかのように声をかけてきて、柊は心の中で引きつつも説明をしてあげる。
「とりあえず近くの公園に行こうかな。確かあの辺にキッチンカーが来てたはずだから、ジュースとかアイスとか買って適当にぶらつこうぜ」
「そうですか。では行きましょうか。私、佳奈美ちゃんと話したいことがまだたくさんあるんですっ!」
「え、そうなんですか?」
「はいっ。特に美容について話したいことがありまして」
「私がお役に立てるかわからないですけど、頑張りますっ」
この感じだと、その話とやらにこちらの出る幕はなさそうだ。それにしても、花音は本当に何事もなかったかのように振る舞っているな。結構怖い。
でもそういう意味不明なところが花音という姉の存在であって、それを頑張って理解しようとしているのが弟の柊くんである。
でもこの先一生理解できない自信だけは、結構あるらしい。




