29 他の人はダメなの?
昼食を食べ終えた後、三人は少しだけゲーセンなどで遊んだ後ショッピングモールを出て柊のおすすめスポットに赴いた。そこはショッピングモールからさほど離れないないオシャレなカフェで、三人は早速中に入って行った。
「へ〜、近くにこんなオシャレな店があったんだね」
「ここはこの辺じゃ結構有名な店なんだ。たまにテレビも来るらしい」
「それと、私のお気に入りですっ♪」
席に着くなり姉の花音はあからさまにルンルンで笑みを浮かべていて、柊はそれに対して呆れた表情を向けた。
「姉さん、毎週のようにここに来てるもんな…もう店員さんに顔と名前覚えられてたし…」
「そんなに好きなんですね…」
「あら、ここを気に入っているのは柊も同じですよね?」
「………」
初めて来た時、それは花音に連れられて嫌々来ただけで正直あまり好きではなかった。それはこのオシャレでキラキラした環境か自分にはあっていないと思ったから。
だがその考えは店に連れて来られるたびに変化していて、今となってはこっそりお気に入りになっていた。まさかそれが花音にバレているとは、予想だにもしなかったが。
「いらっしゃい、花音ちゃん、柊くん」
「こんにちは」
「ども」
突然近づいて声をかけてきたのはこの店の店員さんで、柊と花音と仲のいい女性であった。
「今日も来てくれてありがとう。それでそちらの人は…始めてかしら?」
「はい」
店員さんは佳奈美の方を見ると一瞬目を見開いたが、冷静に表情を取り繕った。
「来てくれてありがとう。もしかして、柊くんの彼女さんかしら?」
「「!!!???」」
店員さんはほんの冗談のつもりで二人を揶揄った。
だがその言葉はウブな心を持つ二人にとってかなり刺激の強いもので、二人は同時に身体を大きく跳ねさせて目を見開いた。
だがこれはあくまで冗談であるため、大人の心の持ち主である花音はそれを笑って受け流した。
「ふふふ、そんなわけないじゃないですか」
「流石に冗談よっ。でも柊くんならあり得なくもないと思うけど__」
「あり得ませんよ?????」
あ、これ花音も全然平気じゃないわ。
目からは光沢というものが消失していて、ニコニコと笑っている表情もなぜか負のオーラを発している。弟の柊の勘からして、こういう時の花音はガチである。
「柊に彼女なんてできるはずがありません。だって柊は私と永遠の時を過ごすのですから。だからそういった発言はいくら店員さんでも許せま__」
「紅茶を二つください!!!俺のは濃いめで!!佳奈美さんは何にする!?」
「え!?っと…こ、ココアをお願いします…!」
「あ、うん…わかりました。すぐ作りますね!ごゆっくり〜…」
店員さんは気まずそうな表情でバックヤードに下がって行った。それを見届けたタイミングで、柊は思い切り胸を撫で下ろした。
「はぁ…ったく、何やってんだよ」
「何、ですか…?それは簡単です。度を超えた冗談を言ってきた店員さんに少しお説教をと思いまして」
「…」
花音はあまりに純粋な表情でそう言い放ってくる。そうなってくるとこちらとしても何と言えばいいかわからないため、一旦話を変えて流れを戻そうと努力する。
「えっと…佳奈美さん、ついでに何か食べる?ここはケーキとかも美味しいから」
「う、うん…!私ケーキ好きだから食べたい…!」
佳奈美もこの並ならぬ空気を察してメニューを見始め、そして一瞬で食べるものを決めた。
「ショートケーキにしようかな…!いちごがたくさんあって美味しそうだし!」
「(柊は渡しません柊は渡しません柊は渡しません柊は渡しません柊は渡しません…)」
「そっっか…じゃあ俺も同じのにしようかな。姉さんは…どうする?」
「柊は渡しません柊は渡しま…はい?どうかしましたか?」
先程まで下を向いてブツブツと恐ろしいことを言っていたのに、声をかけた瞬間笑みを向けてきた。
正直、(怖ッ)と思った。だって普通弟にこんな怨念にも思えるような気持ちを向けてくるか?普通ならどう考えてもあり得ないだろう?だが残念なことに、この姉には重大な欠陥が存在する。それが何かは、説明するまでもないだろう。
「姉さんはケーキ食べるか…?俺たちはショートケーキ食べるけど…」
「そうなんですか。じゃあ私も同じものにしましょうか。あ、でもそれではお裾分けができませんね。ならチョコケーキにしましょうかそれなら二人で仲良く食べ合いっこができますからねそれにしましょう」
「そ、そうか…?」
だから怖いって。それ弟に対して向ける目じゃないって。
簡潔に言えばそれはヤンデレのもので、まさかこんなにも身近にそんな人物がいたということに驚きを禁じ得ない。まあ、前から知っていたことではあるが。でもまさかここまで重症だとは思わなかった。
だがしかし、仮にそうであったとしてもさほど問題はない。なぜならこういったヤンデレ気質の人間は前世で扱ったことがあるから。まあクロエのことなんだけど。
彼女も花音と同じで、時にヤンデレ発言をぶち込んできたりしていた。だが長年の経験からその性格への対処法をバッチリと習得していて、柊は最悪その経験を生かしてどうにかしようという心の余裕があった。
でも柊は一つだけ見落としていたことがあった。
それは、前世でも今世でも一度たりともヤンデレ発言への対処に成功したことがないということ。
「柊…?私の許可もなしに彼女なんて許しませんからね?」
「はい…」
「ふふ、わかっているならいいんですよ。私は別にあなたのことを縛りたいわけではないんですよ?ただ姉として、相手が誠実な方がどうかを見極めなければならないだけですから。柊が将来苦労しないためにも、ちゃんとした方と過ごしていただかないといけないんです」
「はあ…」
「ですからね、普通の方を相手にするのではなくてもっと身近で柊のことをよく知る人物にしておくべきだと思うのですよ。例えば、私とか」
「へー…」
「ですから柊…私以外のところに行くなんて認めませんからね…?」
「ふぉ…」
結局アンタじゃないとダメなんかい。




