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28 あーん


(しゅう)。別に遠慮しなくていいんじゃないですか?」


 佳奈美(かなみ)が頑張ってスプーンを差し出してきたのを拒んだ後、姉の花音(かのん)は何気ない表情でそう言葉をかけてきた。その言葉は柊が心の底で望んでいたもので、若干の遠慮を見せつつも食いついていく。


「遠慮…?どういうことだ?」

「だって、佳奈美ちゃんはただ純粋に柊に美味しいものをお裾分けしようとしただけですよね?」

「あ…はい…」


 本当にそうなのか?という感想が湧いてきたりしたが、花音の言葉に耳を傾ける。


「なら別に柊が遠慮する必要ないじゃないですか。佳奈美ちゃんはきっと、柊ともっと仲良くなりたいだけですから、その厚意をちゃんと受け取っておいた方がいいのではないですか?」


 多分、花音はこちらの気持ちなど全くわかっていない。だがその言葉はしっかりと核心をついていて、それは勇気を授けてくれる。


(…いいのか?)


 いくら友達といえど、女の子と間接キスは最愛の元嫁を裏切ることになるのではないか。そのような気持ちが頭をよぎってくるのだが、なぜか佳奈美に対してだけは裏切らないという気持ちが昇ってくる。


(まあ、別に友達だからいいか…。普通の男友達に分けてもらう感覚でいけば…)


 そう、あくまで彼女は友達だ。だから仮に間接キスをしたからといってどうというわけでもない。なら彼女の言葉を否定して苦しい思いをするよりも、せめて笑っていてほしい。

 そういった今までに湧いた記憶が一度しかない感情が心に灯り、柊は花音からもらった勇気で言葉を放った。


「その、佳奈美さん…」

「は、はいっ…!」

「ひとくち、貰っていいかな…?」

「は、はいっ…!」


 初めは自分が言い出したくせに、佳奈美はなぜか緊張している様子で。だがそれでもスプーンを手に取り、自身の目の前にある料理からひとくち分を掬った。そして溢れないように手を添えつつ、こちらに差し出してくる。


「あ、あーん…?」

「っ…!?あ、あ〜…」


 その言葉がさらに自分の緊張を加速させるのをわかっていて佳奈美はこちらにあーんをしてきた。流石にそれには心が相当揺れ動いてしまったが、そんなことをしているうちにスプーンが口の中に入ってきて。


「……」

「ど、どう…?」


最っっっっ__


「うん、うまいな」

「そう…?それならよかった」


 危ない、つい味ではなく間接キスに対しての感想が出るところだった。だがそれをすれば佳奈美と花音に引かれるのはわかりきっていたので何とか喉あたりでブレーキをかけることができた。

 だが心の中で感想は止まることなく流れ動いていた。


(間接キスだ間接キス!!俺女友達と間接キスしたのか!?ヤバいなんか甘くて柔らかくて優しい味がする…!これは料理の味なのか!?それとも佳奈美の__)


 ま、健全な男子高校生の反応って感じ。

 同級生の女の子と間接キスなどしようものなら、今後半年は考え込んでしまうほどの衝撃を脳が背負うことになる。そしていずれはその女の子に惹かれていって、卒業間近で告白をする。


__想像をしてしまった。


(いや待て!!冷静になれ!!これはただの間接キスだぞ!?そんなの前世で散々やってきたし、最近でも普通に姉さんとしてることだろ!?いちいち考え込むな!!)


 そうだ。間接キスごとき、前世でクロエと何万回もしたし、それ以上のことだって経験したはずだ。なのにたかが友達との間接キスごときでいちいち騒ぎすぎだ。


(ふぅ…一旦落ち着け…。俺ははただ友達と間接キスをしただけ…()()()()()だ…!!)


 頭の中で何度も自分のそう言い聞かせるが、それではなぜか納得がいかない。多分「ただの友達」という部分が引っかかっているということには気がついたのだが、その事実からは目を逸らす。


(…佳奈美さんはただの友達ではないかもしれないな…。いやでも!!俺にはクロエがいる!!クロエに比べたら佳奈美さんなんてただの親友だろ!!)


 …やっぱり佳奈美のことは悪く言えない。

 それほどまでに自分の心が彼女に毒されていることに気づいたが、それは今更どうこうできる問題でもない。だからこそ友達と恋愛はしっかり割り切らないといけないわけで、柊はそこについてキッパリと線を引いた。


(クロエが俺の嫁。佳奈美さんは高校時代に仲が良かった友達だ。だからやましいことなんて決してない)


「柊、もうひとくち食べますか?」

「…?いやいらないけど」

「じゃあ…私のは…?」

「え!?いや、そのぉ…えっっっと…」


 何とか佳奈美とクロエの間で線引きをすることができたが、だからといってまた間接キスができるかは別だ。だってもう、周りからの視線が恥ずかしいんだもん…!!

 二人はあーんに夢中で気づいていないようだが、今周りからはめちゃくちゃ視線を向けられている。美少女二人にあーんをされる一般人なんて、見る対象としては格好の的だろう。だからこちらとしては今回の件についてはしっかりとお断りさせていただきたいのだが。


「柊…♡」

「柊くん…?」

「っ…わかったよ…」


 で、柊はしっかりと二人の視線に負けてしまう。

 いい加減親しい人に対しては甘くなる癖を直さないとな。前世ではクロエにそれが良さだと褒められたことがあるが、今世では話は別だ。時に厳しく、時に冷徹にいかないとな。


 いや、それで喧嘩になりかけたことがあるからやめておこう。


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