26 大切な人
(なんかすっごく褒められちゃった…)
柊に服を見せびらかしたはいいものの、予想以上に褒められてしまって恥ずかしさが込み上げてくる。
(柊くんはなんであんな平気そうな顔で褒められるのぉ…?私だったら恥ずかしくて死んじゃうよ…)
乙女を全開にする佳奈美は先程柊に褒められまくったことを思い出し、もう一度彼の表情について分析し始める。
(柊くん、なんだか慣れてるみたいだった…?)
そこで佳奈美が辿り着いた結論は、柊は女の子の服を褒め慣れているという想定外のものだった。それを思い立った瞬間佳奈美の心には焦りのような嫉妬のような感情が湧き出てくるが、それを抑えようと自分に様々なことを言い聞かせる。
(いや…!柊くんは花音さんの服を褒め慣れているだけできっと他の女の子のことを褒めたことなんてないはずだよ…!)
柊は女友達なんていたことがないと言っていた。なら当然女の子と服を見にくる機会がなかったから服を褒めるなどという行為ができるはずがない。だが万が一、億が一でも他の女の子の服を褒めたという経験があったら。
それを想像すると佳奈美の背中には冷や汗が走り、血の気が引いていくのを感じた。
(私、なんでこんなにも不安になってるの…?別に柊くんはただのお友達なのに…)
そこで一歩立ち止まり、自分と柊の関係を客観的に見直した。彼とはたまたま席や家が隣になって仲良くなっただけの友達で、それ以上でもそれ以下でもない。
でも、この胸の鼓動はなんだろう。
それはおよそ友達に抱くような感情ではなく、まるで恋人に向けるような嫉妬心のようなものだった。そして佳奈美はその気持ちを前世で味わったことがあるため、すぐにこと気持ちの正体に気づいた。
(わ、私もしかして…!ううん、柊くんはリオじゃない…はず…?)
入学式の日、柊がリオに見えた日から、佳奈美は家で何度も何度も柊とリオのことを重ねてきた。たとえ柊に否定されたとしても、彼が忘れている可能性や見間違えている可能性を信じて。だが何度考えてみても柊とリオは結びつかなくて、昨日の夜に二人は別人だという結論を導き出した。
だが今こうして柊と共に休日を過ごし、服を褒められてドキドキしまくっているため、佳奈美の確信は疑念に逆戻りしてしまった。
(柊くんの外見はリオに全く似ていないけど…たくさん褒めてくれるところとか優しく話しかけてくれるところはリオにそっくりなんだよね…)
今日はまだ始まったばかりだが、その短い時間だけでも柊の優しさは垣間見えていて、その優しさは最愛の彼と同じ系統のものだった。それだけでも柊とリオを重ねる理由には十分だが、ここでさらにその考えを一押ししてくるものがあった。
それは佳奈美のすごく身近なもの。いや、佳奈美の体内にあるもの。
(それに私、こんなにドキドキしてる…今までどんな男の人に褒められても何も感じなかったのに…)
佳奈美の考えを後押ししているのは自身の心臓であって、前世以来感じたことのない感情に困惑を隠しきれなくなっている。
(こんなにも私のことをドキドキさせれるのなんて、リオしかいないよね…)
それはずっと前から培った経験で、これが事実であるという確信を持っている。だからこそ今褒められてドキドキしているということは柊がリオなのではないかという疑問を抱いていて、佳奈美は段々頭の中の整理が追いつかなくなってくる。
(じゃあ、柊くんがリオ…?いや仮にそうでも入学初日の質問を否定しないだろうから…でも、でも…!)
もう何が正解かわからない。
この際ハッキリと、「俺がリオだよ」と言ってくれればいいのに。いや、こちらが正体を言えば済む話なのかな?
…………。
(いや、やめておこっか。変なこと言って雰囲気を悪くしちゃっても申し訳ないし)
仮に「私、クロエなんだ」とか言ってみたとして、もし柊が全く反応を示さなかったら。そんなの考えただけでもゾッとするし、それこそ恥ずか死にたくなる。
(せっかく案内してもらってるんだから、その厚意を無碍にしないようにしないと…!)
これは前世とか愛する人とかではなく、一人の友達としての信念のようなもの。彼らの優しさだけは絶対に裏切りたくないという前世からの強い想い。
別に、柊がリオかどうかなんていつでも訊ける話だ。
なぜなら彼は高校で初めてできた大切な友達だから。
絶対に大切にしたい。
「よし…!」
佳奈美は着替えを終え、カーテンを開けて柊や花音と目を合わせた。
「お待たせっ」
「あら、服はどうでしたか?」
「すごくよかったです。このまま買おうと思っています」
「ふふふ、それはよかったですね。私もこの服を買いますから、一緒にお会計しに行きましょうか」
「はいっ」
花音はニコニコで迎えてくれたが、柊は椅子に座ったままずっと下を向いていて。きっと、こちらが着替えている間に恥ずかしさが込み上げてきたのだろう。そういうところもリオに似ていると感じるが、それを考えるのはやめておこう。
そうすることが今友達を大切にできる手段であると信じているから。
だがその大切にしたいという感情が、いつしか友達としてではなくなっていっていることに気づくことはなかった。




