22 制御は無理よ
紆余曲折ありながらも麗沙は生徒会での思い出の数々を話してくれて、気づけばもう昼休みが終わりそうな時間が訪れていた。
「あら、もうこんな時間ね」
「え!?全然気づかなかった…」
「楽しい時間は一瞬で過ぎ去るってヤツか?」
「ふふ、楽しいと思ってくれたのなら嬉しいわ」
生徒会についての話を聞いていた柊と佳奈美は楽しい時間の終了に悲しみを示すが、麗沙はその反応を見て喜びの笑みを浮かべた。そしてこの場にいるもう一人の人物も、一言も話さずにただニコニコと笑みを向けていて。
「……」
「なんだか…花音さんからすっごく悲しい目を向けられてる気がするんだけど…」
花音は満面の笑みをこちらに向けてきているが、その心が一切笑っていないということは火を見るよりも明らかで。
「まあ気にすることじゃないだろ。これに構ってたら授業遅刻しそうだし」
「で、でも…」
柊は相変わらず姉に冷たい態度をとっていて、それを見かねた佳奈美は花音に何か言葉をかけようと頭を巡らせていた。だがしかし、結局かける言葉は思いつかなかったようで、自身の無力さを憐れむように顔を下に向けた。
その直後、この悲しい空気をどうにかしなければならないという使命感に駆られた麗沙が花音の元に近寄って肩に手を置いた。
「大丈夫よ。花音のことは私に任せてちょうだい。だから二人はもう教室に戻って大丈夫よ」
麗沙は優しいまでこちらに微笑んできて、柊はその言葉を簡単に聞き入れた。
「わかりました。姉さんのこと、お願いします」
「え、いいの?」
「ああ。四宮さんは姉さんのことをよくわかっているから、任せておいて問題ないさ」
「そうなの…?それならまあ…今回はお任せしようかな…?」
佳奈美はいまだに不安そうな目つきをしているが、柊はそれに構わず生徒会室を後にした。そして佳奈美もそれについていくように生徒会室を去り、二人は廊下で花音のことについて話し始めた。
「あの…花音さん、あれで大丈夫なの…?」
「どういうことだ?」
「えっと…あんなに雑な扱い方をしちゃうと花音さんは落ち込んじゃうんじゃないかなと思って…」
「あ〜…なるほどね」
佳奈美の言葉を聞いた柊は一瞬言葉に詰まってしまうが、すぐに自分の正直な気持ちを話し始めた。
「まあ雑に扱ってるのは別に今に始まったことじゃないから問題ないだろ。さっき言った聞き飽きたっていうのも事実だし。正直、姉さんの話って結構誇張されてるからさ…」
「あ〜…」
柊の言葉を聞いた佳奈美は共感したように声をあげる。
「確かに、花音さんの話はどれもキラキラしていて…正直事実なのかどうかは難しいなって思うよね…」
「多分姉さんにはそういう世界が見えてるんだろうけど、常人の俺らには理解できないよな…」
花音とて、嘘を話しているはずはないだろう。だが彼女の見ている世界が一般人と違うがあまりに、その話の信憑性は薄くなっている。だからといってこの二人は花音を責めたりするわけがないが、関わっていく上ではどうしても難しい部分が出てくるわけで。
「花音さん、難しい人だよね。柊はくんはよく今まで制御できてたよね」
「制御できてたのか…?そんな記憶は存在しないけどな」
「…確かに」
佳奈美とは昨日知り合ったばかりのはずなのに、もう花音を制御しきれていないことがバレている。
そんなにわかりやすかっただろうか?
高校では誰にもバレないように頑張ろうと思っていたのだが、それはいとも簡単に打ち破られてしまった。そういうどこにもやりようがない悲しさと悔しさに苛まれるのだが、なぜかその感情は一瞬で引っ込んでいった。その理由が一体何なのかは見当もつかないが、とりあえず彼女が親しい友達であるからという理由で片付けておこう。
それより今は、この微妙な空気をどうにかしよう。
「それよりも、佳奈美さんは俺以外に友達できた?」
「うっ…実はまだなんだ…」
「はは、同じだ。こういうのは時間が解決してくれるらしいけど、俺はそうもいかないだろうからなぁ」
「そうかな?柊くんならすぐ友達できると思うけど」
佳奈美は急な路線変更にもしっかりと対応してくれ、こちらに慈悲のような目を向けてくれた。その優しい心には非常に感動するのだが、同時に友達に気を遣わせてしまったことに心を締め付けられてしまう。
「気を遣わなくていいよ…俺なんてただの一般人だから…」
「そ、そんなことないよ!柊くんはカッコよくて優しくて暖かくて…!えとそれから…」
そこで自分が何を口走ったのか気づいたようで、頬を真っ赤に染め上げて顔を隠した。
「っ…!!」
「あはは…まあ、ありがとう…。なんか自信出たよ…」
「うう…忘れて…」
まるで恋する乙女のよう、なんて思ってしまった。
だが仮に彼女がこちらに好意を抱いていたとして、それに応えられるかはわからない。
なぜなら彼女が、最愛の人物であるかどうかわからないから。
柊は今も彼女がクロエなのかどうかを考え続け、そして永遠とも言える迷いと戦い続けていた。




