18 守りたくて
「「行ってきます」」
朝の支度を終えた柊と花音は共に玄関を出て、また新たな一日を始めようとしていた。
「さあ、今日は何があるでしょうね?」
花音は朝だというのにかなり元気があって、今日という日にかなりの希望を抱いている。
だがその隣に居る柊はそうではなくて、特に変わらない日常を望んでいた。
「どうだかね。案外何もないほうが幸せかもしれないぞ」
「そんなことありませんよ。だって…ほら、早速楽しいことが始まりそうですよ」
花音は家を出るなりすぐに隣の家の方に目を向けると、ちょうどそのタイミングで玄関の扉が開いてきた。
「行ってきま〜すっ」
扉から出てきた人物は家の中にそう言い残してから鍵を閉め、そして視線をこちらに向けてきた。
「あ、二人とも」
「佳奈美ちゃん、おはようございます」
「おはよ」
「おはようございます。まさかここで二人と出くわすとは思いませんでしたっ」
佳奈美は案外驚いていなさそうな様子で、軽い足取りでこちらにやってきた。
「あの、今からご一緒してもいいですか?まだ道を覚えきれてなくて」
佳奈美は柊たちの隣の家に引っ越してきたばかりでまだ学校までの道を覚えていないらしく、今回も道案内がてら一緒に登校することを提案された。
それに対して柊はあっさり承諾を…しなかった。
「ん〜…」
「私は構いませんよ!でも、柊はなぜか悩んでいるようですね」
「まあ、な」
花音は嬉しそうに頷いたのだが、柊は難しい顔をして頭を悩ませるばかりで、その首を縦には振らなかった。
すると佳奈美は不安に駆られたのか、こちらに近づいてきて顔をのぞいてくる。
「も、もしかして嫌だったかな…?それなら私は全然一人で行くから大丈夫だよっ」
「いやそういう意味じゃなくて…」
別に佳奈美と共に登校するのは嫌ではない。
というか、寧ろこちらからお願いしてもいいぐらいである。
友達と一緒に登校するの憧れてたし。
だがしかしその憧れが打ち破られるぐらいに今は絶望的な状況であった。
(佳奈美さんも一緒となると、これまた厄介なことになるよな…。姉さんだけでも見られたり噂されたりして大変なのに…)
柊がなかなか判断を下せないのにはこのような理由があって、これらの経験が頭の判断を鈍らせていた。
「じゃあ、どういう意味なんですか?」
だがあまり考えている時間はないらしく、花音と佳奈美はこちらの言葉を待つようにこちらを見つめている。
(正直に話さない方が多分いいよな…もう平和な日常を捨てるしかないか…)
花音と佳奈美という二人の超級美女と登校するところを見られると確実に変な噂が立ったして無事では済まなくなるだろうが、それは花音の弟であり佳奈美の友達である人間の宿命だろう。
そういう運命を受け入れるしかなくなったことを察した柊は半ば諦めつつ二人に言葉を返した。
「いや、やっぱいいや。佳奈美さん、一緒に行こうか」
「う、うん…?いいの?」
「もちろん。友達と一緒に登校するのはちょっと憧れてたから」
「柊くんがそう言うなら…ご一緒させてもらうねっ」
花音も佳奈美も完全に腑に落ちたと言う感じではなさそうだが、こちらが話したがらないので特に言及はしてこなかった。
それに安心した柊は心の中で大きく胸を撫で下ろし、ひとまず気持ちを整理することにした。
(ふぅ…とりあえずなんとかなったか…でも、大変なのはこっからだよな…)
柊の考えの通り、大変なのは間違いなく今からである。
その理由は簡単で、この姉と友人が他に類を見ない程の美人だからである。
佳奈美がこれからどうなっていくのかは不明な部分が多いが、今までの経験から花音がどうなるのかは大体想像がつく。
花音は普段は笑って誤魔化しているが、学校では毎日のように校舎裏への呼び出しの手紙などを貰っていて、さらに過激なやつからはストーカーまがいのことをされたこともある。
それは花音が魅力的すぎるあまりに起こってしまった出来事で、より魅力を増している花音にはどうすることも出来ない。
だからこそこちらが裏でどうにかしなければならない訳で、さらに今日からは佳奈美という少女も守らなせればならない。
これは誰かに頼まれたわけでもなければ、見返りを望んでいるわけでもない。
ただ柊自身が彼女に平和な日常を送ってほしいと願ってしているだけである。
(とりあえず、警戒は怠らないようにしよう。いつ魔の手が差し込んでくるかわからないからな)
後悔だけはしたくない。
それは前世で学んだ最大の知識であり、最大の心残りでもあった。




