17 姉への愛
カーテンの隙間から差し込む光に当てられ、柊の一日は動き始めた。
「…朝か」
重たい瞼を少しずつ開き、徐々に視界を鮮明にさせていく。
すると次第にいつものような天井が目に入って、一度あくびをした後に寝返りを打った。
フワッ。
「きゃ」
なぜかわからないが柊の顔全体はある柔らかいものに包まれ、なぜか女性のような声が耳に入って来た。
「…」
寝起きということもあってか状況を理解するのに時間がかかったが、仮に視界に何も映らなくても目の前に何があるのかはわかる。
「姉さん…何してんの?」
柊は顔にある感触や匂い、さらには先ほどの声からこれが花音の胸である事を察し、すぐに顔を退けてジト目を向けた。
だが花音はその程度の視線に心を左右されるでもなくこちらにニコニコと笑みを向けてくる。
「可愛い弟と一緒に寝ていただけですよ?」
「一緒にじゃないだろ。勝手に入って来てんだから」
「そんなことはありませんよ?ちゃんとノックしましたし」
花音の言葉は恐らく真実なのであろう。
だがこちらが起きていたとしても返事を待たずして勝手に入ってくるような人間であるため、記憶がないけど許可をしたという展開はあり得ないだろう。
というわけで、勝手に入って来ただろ。
「そんなの関係ないだろアンタは。てかこれで何回目だよ」
「今月だと九回目ですね」
「そうか。で、今日何日だっけ?」
「四月の九日ですね」
「そっかぁ」
まあ、わかってはいたけど。
やっぱりアンタ、毎日来てるよな?
そろそろいい加減弟離れをしてほしいところではあるのだが、そんな事を言えば花音は今にも自殺しそうな形相でキッチンに向かってしまうため、そんなことはしない。
え、なんでそんなことがわかるのかって?
だって…この前そうなったんだもん!!!
でもさ、だからといって許されるわけじゃないけどね??
「なあ、俺もいい加減一人で目覚めたいんだけど」
「ダメですよ?小さな弟と一緒に寝てあげるのは姉の役目ですから」
(…どういうこと?)
小さな弟って、大体小学生までの事を指すと思うんだけど。
一体花音の目には何が見えているのやら。
相変わらず理解不能な姉であるが、彼女が本当に愛という一つの言葉を持って接してくれているのはわかるため、こちらとしても滅茶苦茶嫌というわけではない。
だがしかし、こちらの面子のためにもやめて欲しかったりはする。
というわけで柊はまた花音に対して文句の一つでも漏らしてやろうと企んだのであるが、そこでなぜか花音に抱きしめられてしまい、柊はまた起きた時のように胸に顔が埋まってしまう。
「大丈夫ですよ〜、柊はお姉ちゃんが守りますからね〜」
「………」
もう何を言っても無駄だ。
しばらくこうしておけば勝手に時間を気にして離れてくれるだろうから、柊は特に発言はせずに身を委ねた。
それから三十分後。
柊は相変わらず花音に抱きしめられていていい加減二度寝を決め込みそうになり始めたのだが、そこで部屋の扉にノックをする音が響いて来た。
【柊?花音?そろそろ起きなさい?】
扉の向こうからは母の声が聞こえて来て、花音はそれに反応して顔をそちらに向けた。
「はーい」
母親にすら当然のように部屋に花音がいると認識されていて滅茶苦茶悔しいところではあるが、とりあえず花音から離れられそうなのでひとまず感謝をしておく。
(ありがとう、女神様…)
かなりオーバーな感謝ではあるが、そんなのはどうでもいい。
今は花音の手から離れて自由を手に入れたいので身体をめいいっぱい伸ばしてベッドから降りて一階に向かおう。
と、思っていたのだが。
「柊…その、もう少しだけギュッてしてもいいですか?」
「…」
立ち上がって部屋を出ようと考えた瞬間に花音の言葉に止められてしまい、柊はまたジト目を向けた。
「はぁ…まだ足りないのかよ」
「だって…!まだ柊エネルギーが満タンになっていなくて…」
「なんだよその単調なエネルギー…さっさと済ませてくれよ?」
「…!!!ありがとうございます!!!」
柊は案外簡単に花音のことを受け入れたのだが、それには訳がある。
以前にもこのようにエネルギーがどうこうで色々頼まれたことがあって、その時はしっかりと拒否したのだが、その日の夜に花音に滅茶苦茶に頼み事をされてしまったのだ。
その頼みとはただ抱きしめるだけとかいう次元じゃなくて、もはや恋人がするようなことまでせがまれてしまったのだ。
そんな悪夢とも言える記憶が柊の頭にはしっかりと残っていて、そうならないためにもエネルギーは満タンになるまで付き合ってあげるようにしている。
「…柊の身体、温かいですね」
「それは良かったよ。それで、そのエネルギーとやらはいつ頃満タンになりそうなんだ?」
「うーん…あと五分でしょうか」
「出来るだけ早めに頼むな。そろそろ準備しないと遅刻するから」
「わかってますよ…。でも今は、柊を心ゆくまで感じさせてください…」
「……」
相変わらずブラコンすぎる姉である。
こんな姉が世界に存在するのだろうか?
多分、花音以外には存在しないだろう。
それは唯一無二で素晴らしい存在とも言えるが、とても厄介な存在とも言える。
これが両立しているのが花音の難しいところであるが、それを今考えてもどうにもならない。
だって今は、花音に愛を注ぐので精一杯だから。




