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14 名前を呼ぶだけだ


「ふぅ…ごめんな、うるさい家で」


しょうもない理由で軽い親子喧嘩を始めた母と娘から逃げてきた(しゅう)佳奈美(かなみ)に対してそう謝罪し、せっかく遊びに来てくれた友達に申し訳なさを感じた。


だが優しい佳奈美はそんなこと気にしていないと言わんばかりに首を横に振って慰めをかけてくる。


「ううん、私は大丈夫だよっ。喧嘩するほど仲が良いってやつだよ」

「仲が良いなら喧嘩しないでほしいけどな…。でもまあ、香賀(かが)さんがそう思ってくれてるならありがたいよ。実際あの二人は滅茶苦茶仲良いし」

「そうだね。二人の柊くんに対する愛は全く同じものだったからね」

「…」


何と答えるのが正解なのだろうか。


返答によってはヤバい家庭とかマザコンとか勘違いされる可能性があると感じたため、次の言葉を大きく迷い始めた。


「えっと…ちょっと散歩しないか?軽く周りを案内しながら」


まあ結局結論が出せない柊はくんはしっかり話を逸らすんだけど。


だが思いの外佳奈美の反応は良い方向にあり、目をパァッと開いて喜びのようなものを露わにした。


「それいいねっ。案内してもらうかな」

「わかった。じゃあこっち行こうか」


佳奈美はどことなく上機嫌になり、よく見れば足取りが軽やかになっている。


それに対して柊は少なくとも自分が嫌われていないという安心感を得て、佳奈美にバレないように笑みを浮かべて。


(なんか楽しそうにしてくれてるな。まあせっかくなら良い思い出にしてほしいから、俺もちょっと頑張らないとな)


引っ越してきた先で始めて友達ができた日で、さらにその友達と初めて遊んだ日。


それが彼女にとってどのようなものなのかはわからないが、きっと心細い佳奈美のいい思い出になってくれるだろう。


だからこそその思い出がより良いものになるように努力しようと心の中で決心し、早速佳奈美に話題を振りかけた。


「なあ、香賀さんって部活とか入るつもりなのか?」


そういう何気ない話題を佳奈美に振りかけてみたのだが、佳奈美はなぜか笑みをこちらに向けてくる。


「ふふ、佳奈美でいいよ。私だって柊はくんって呼ばせてもらってるし」

「え…」


佳奈美は何気なく名前呼びを許可してきたのであるが、こちらからすればそれは佳奈美の大事である。


(名前呼び!!!???今まで女友達の一人もいなかった俺が!?)


柊には勿論女性を名前呼ばした経験など無いため、普通じゃ考えられないような緊張を胸の中に抱いていた。


(流石にハードル高すぎないか!?女子を名前呼びするなんてそんなの…!!)


恋人じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!


____。


この子友達少ないから許してあげて。


(いや流石に考えすぎだろ!!香賀さんは至って普通に友達として名前呼びをしてほしいというだけで!!そうだ、男友達を名前で呼ぶような感じで!!)


佳奈美が女の子であることを考えてしまうとどうにも名前呼びは抵抗があるため、彼女のことを男友達だと考えてみることにした。


「……」

「ん?どうしたの?」


(いや無理あるだろ)


こんな絶世の美少女を男として見るなんてどう考えても無理があるし、それは何となく失礼な気もする。


なので柊は諦めて彼女を女友達として名前呼びをすることを決意し、何とか勇気を振り絞って口を開く。


そう、最愛の彼女と名前を呼び合った、あの日のように。


「いや、えと…か、佳奈美…さん…?」

「!!??」


緊張しすぎて上手く呂律が回っていた気がしない。


だから彼女の名を正確に呼べたかはこちらで判断はできないが、正解は彼女の顔を見れば一目瞭然であった。


「…ど、どうしたの…?柊くん…?」


佳奈美は頬を真っ赤に染め上げながらそう聞き返してきて、それを見た柊はまたあの日の記憶を彼女と重ねた。


【学校では…まだ恥ずかしいから苗字で呼ぶね…】


そう言いながらクロエは頬を真っ赤に染め上げていて、リオはそれを見てちゃんと名を呼べたことを確信した。


そして今もあの時と同じような状況であり、柊の脳内はまたクロエと佳奈美を重ね始めた。


(……)


おかしい。


彼女はクロエとは違う。


それはわかっているはずなのに、どうしても魂が彼女とクロエを同一人物にしたがる。


(どうなってんだ…?俺はただ一人の友達を名前で呼んだけで…何でクロエが出てくるんだ…?)


何度も考えたが、クロエと佳奈美は別人だ。


ではなぜ佳奈美と話しているとクロエとの記憶を思い出してしまうのだろうか。


その答えについては、鈍感な柊でも大体察しがつく。


(まさか…佳奈美さんは…)


佳奈美の顔を凝視する。


「わ、私の顔に何かついてる…?」


すると佳奈美は慌てながら顔を触り始めて、柊はそれを見てハッと目を覚ました。


「いや!別に何もついてないぞ!」

「そう…?でもそうじゃないなら、恥ずかしいからあんまりジッと見るのはやめてね…?」

「あ、ああ。ごめんな」


やっぱり、彼女は最愛の人物とは違う。


佳奈美の少し余裕がありそうな態度を見てそう感じ、柊は佳奈美を本当に今日初めて会った友達として認識するようにした。


だが柊の心の片隅には彼女がクロエであるという認識が薄く残っていて、それは次第に柊の心に大きく広がっていくことになる。


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